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 ■ありがとう 夏100回 これからも

 「真珠のやうなボールが/あれあれ動く動く/京の試合を大阪で見る」――。

 ラジオ放送の各局が、逓信省の意向で日本放送協会となる1週間前。1926年7月30日付大阪朝日新聞夕刊は、同社が考案した「プレヨグラフ」(野球実戦速報機)の公開を報じた。京都大グラウンドであった旧制高校と専門学校による野球大会で、五高(熊本)対二高(宮城)の準決勝に合わせ、大阪・中之島公園で同装置が初稼働した。

 球場から電話で伝えた試合経過を、盤面のボールが「ストライク、フライ、バントと次(つ)ぎ次ぎにスコアを残しながら」再現する。変化球や盗塁も表現でき「実況を見るのと少しも変(かわ)らず現れる試合の経過に、観衆の熱狂は次第に加は」ったという。

 8月13日からの第12回全国中等学校優勝野球大会。日本放送協会の「放送五十年史」は、阪神電鉄の意向でラジオの実況生中継が実現しなかったとする。大阪中央放送局(JOBK)は代替策として試合経過を速報。これを12日付大阪朝日新聞は、大阪時事新報の速報機と合わせ、「朝日プレヨ・グラフ/中之島、円山両公園に設置/JOBKの特別放送と/同業『時事』の新速報機」と報じた。

 18日の3回戦、前橋中(群馬、現前橋)対静岡中(現静岡)は延長十九回裏、静岡が6―5でサヨナラ勝ちの大熱戦。19日付大阪朝日新聞大阪版は、プレヨグラフの観衆が中之島公園を埋めた写真を紙面の幅いっぱいに載せた。「川向(むか)ふのビルディングから望遠鏡で見入っているファンもある」という。大会は静岡が初優勝を果たした。

 翌27年春、第4回全国中等学校選抜野球大会は改元のため日程を遅らせ、決勝は5月1日。和歌山中(現桐蔭)が8―3で広陵中(広島、現広陵)を破り優勝した。大阪毎日新聞は決勝の速報に「大毎式野球技板」を広島西練兵場に据え、3万人を集めた(大会35年史)とする。

 3カ月後の夏の甲子園。ラジオの初中継に向け、準備が進んでいた。(編集委員・永井靖二)

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