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 これも、憲法や歴史認識など論議を呼ぶ問題にかかわるのは避け、なるべく封じ込めたいという、近年、自治体などに広がる空気の表れだろうか。

 戦時中の労務動員で亡くなった朝鮮半島出身者を追悼する碑を、県立公園の敷地から事実上撤去するとした群馬県の措置を、前橋地裁が取り消した。

 公共の場所における表現の自由をどう考え、保障するかという観点からみると、判決には踏み込み不足の部分がある。だが結論は妥当といえる。

 碑は、市民団体が県との交渉を経て04年に建立した。その後、碑の前で毎年おこなわれる追悼式で、参列者が何度か「強制連行」という言葉を使ったことが伝えられた。反発する人々が県に対する抗議や街宣活動を展開。これを受ける形で、県は4年前、碑の設置期間の更新を認めない処分をした。

 「強制連行」をめぐっては、団体と県が話し合い、碑に刻む文字からあえて外した経緯があった。判決はこうした事情を踏まえ、「追悼式の一部は設置許可を出した際に禁じた『政治的行事』に当たる」とする県側の言い分を認めた。

 そのうえで、だとしても、景観の保護や住民の福祉の増進といった公園の効用が、追悼式によって直ちに失われたわけではないと判断。団体側が碑の敷地部分の買い取りや追悼式の当面の自粛などを提案したのに、県が具体的に検討しなかったこととあわせ、「不許可処分は社会通念に照らし著しく妥当性を欠く」と結論づけた。

 注目すべき指摘もある。

 県は抗議する人々に対して、碑文の内容は正当であることを説明して理解を求めるのが望ましかった――。判決はそう述べて、拙速に撤去の方向に走った県の姿勢に疑問を示した。

 今回の事例だけではない。

 憲法9条をとりあげた俳句を公民館だよりに掲載するのを拒む。「政治色」があるとして市民まつりから締め出す。憲法集会の後援を取りやめる。公園や駅の自由通路などを集会に使わせない。

 全国の自治体や公的機関でこうした動きがあり、表現や政治活動の自由がゆらいでいる。ヘイトスピーチのように、他者の人権を侵す行いには制約がかかって当然だ。しかし、表現の自由は民主社会を根底で支える最も重要な基本的人権である。

 抗議や苦情の矢面に立たされる自治体の苦労は理解できる。だからといって行政が安易な規制に走ればどうなるか。社会は息苦しさを増し、色あせる。

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