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 1931年9月18日、満州事変が始まった。中国東北部、奉天(現瀋陽)郊外の柳条湖で、南満州鉄道(満鉄)の線路を何者かが爆破。関東軍は「自衛」名目で軍事行動を起こしたが、自作自演の謀略だった。

 「不拡大」を唱える政府を尻目に、関東軍は戦線の拡大を既成事実化。批判的だった朝日新聞も現状に追随し、支持に転じた。32年3月1日、「満州国」建国が宣言された。長春で9日に開かれた建国式典と溥儀(ふぎ)の執政就任を、11日発行の大阪朝日新聞の号外は大きく伝える。

 危機感が強調され、各分野で当局の締め付けが加速。文部省は学生野球の規制を本格化させた。17日付同紙は「野球統制――/愈(いよい)よ一日から実施/一部の反対は介意せぬ」の見出し。文相の鳩山一郎らが「野球統制訓令案」を検討、4月の実施を決めた。「東京某新聞ほか二十社」が1年延期を陳情したが、「反対運動に介意せず断然実施することになった」とする。

 野球統制令は、全国中等学校優勝野球大会と選抜大会は、文部省公認で年1回開催▽同一府県内の3校以上でする試合は、府県体育団体の公認が必要▽入場料を取る試合は、府県体育団体の主催か文部省公認に限る――などとする。

 4月10日付同紙は「手厳しい野球統制」とうたった。京都市がグラウンド開きに東京六大学の新人を招こうとした事例や、神奈川県で予定されていた明治大学2軍対日本大学の試合が、文部省に禁じられたと報じた。

 大会40年史は、「一部の興行師が大学、中学校の野球を興行的に扱い、選手のなかにもそれに甘えるもの」がいて「球界にも反省すべき点はあった」が、「野球に理解のない役人に実権を委ねた」のを「拙(まず)い」と記す。一方で、この規制がプロ球団の発足(34年12月)を促した側面もあったと分析する。

 東京府は同じ時期、入場料を取る試合に「野球観覧税」を課す方針だったが撤回。代わって主催者側に寄付を求めることにした。(編集委員・永井靖二)

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