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 ■ありがとう 夏100回 これからも

 文部省が「野球統制令」を施行して1カ月半後の1932年5月15日。海軍青年将校らが首相官邸などを襲撃し、犬養毅首相を射殺した「5・15事件」が起きた。その波紋が広がる中、第18回全国中等学校優勝野球大会の地方大会は幕を開けた。

 「中京商依然強し」――。7月19日付大阪朝日新聞は、東海大会を見通す記事でうたう。前年に全国優勝を果たした中京商(愛知、現中京大中京)は順当に勝ち進み、8月3日、甲子園出場を決めた。同じ時期、ロサンゼルス五輪が始まっていた。南部忠平が5日(日本時間)、三段跳びで15メートル72の世界記録を樹立し、金メダルに輝いた。

 華やかな運動界と裏腹に国際社会は変動が続く。この頃、後の第2次世界大戦で対決する2人の政治家が、それぞれ選挙を戦っていた。1人は米国のフランクリン・ルーズベルト。7月1日の米民主党大会で大統領候補に指名され、11月8日の本選で大統領の座に。もう1人はドイツのアドルフ・ヒトラー。7月31日のドイツ国会総選挙で230議席を獲得し、彼の率いるナチスが第1党となった。

 8月15日の大阪朝日新聞号外は、五輪最終日に西竹一(たけいち)(45年3月に硫黄島で戦死)が馬術で初の金メダルと伝える。同五輪で日本七つ目の金だった。

 号外が出た日、中京商は甲子園の初戦で、高崎商(群馬)に5―0で勝利。18日は長野商を7―2で、19日の準決勝は熊本工を4―0と破り、20日の決勝で松山商(愛媛)と対戦した。松山商は、準決勝で好投手楠本保を擁する明石中(兵庫、現明石)を3―0で退けていた。

 決勝では、中京商が3―0とリードして迎えた九回表、松山商が、後にプロ野球阪神で活躍する景浦将(まさる)の適時三塁打などで追いつく。だが、九回裏、マウンドに上がっていた景浦が足に打球を受けて降板。延長十一回裏、中京商が2死からサヨナラ勝ちを収めた。満州事変を経て「戦時体制」が呼号された初めての夏、中京商は辛くも連覇を遂げた。(編集委員・永井靖二)

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