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 春は「出会い」の季節であり、「別れ」の季節でもある。大切な人との別れがきっかけとなって、「朝日自分史」で本を作る人も多い。亡くなった人をしのんで文章をつづったり、遺稿集を編んだり。「別れ」を背景にした、いくつかの本作りを紹介する。

 ■夫の勧めで本作り、生きる力に 完成見届け旅立った上谷玲恵子さん

 「どのような奥様でしたかと聞かれたら、作った本を手渡しています」

 東京都武蔵野市の上谷(うえたに)良憲さん(78)はこう話す。良憲さんの妻玲恵子(れいこ)さん(享年71)は、随筆や歌をまとめた自分史「鳥になりたかった魚」を作り、まもなく亡くなった。

 一昨年春、良憲さんから朝日自分史の事務局に、「余命が限られた妻が書いた随筆や短歌を、急いで本にしてもらえませんか」という相談が寄せられた。

 担当者が病院を訪れると、ベッドで横になる玲恵子さんの顔色は悪く、本作りには消極的だった。けれど、良憲さんの強い勧めで、自分史作りが始まった。

 玲恵子さんの随筆は、純粋な美しい文体でつづられていた。庭に飛んでくるトンボ、飼っている愛猫、家族との買い物など、何げない風景を飾らない文章で表現している。

 ただ、怒りや絶望をそのまま投げつけるような文章も出てくる。「病名」や「病状」を告げられた時だ。

 「半年ごとに人間ドックを受け続けてきた」「なぜ初期の段階で見つけてもらえなかったのだろうか」「この不条理さは完全に私を打ちのめした」「ただただ冷蔵庫の前に座り込んだまま泣いている」「パパ私を助けて」

 良憲さんは「言いしれぬ悔しさがあったのだと思う。その気持ちを押し殺し、書き進めた気持ちを思うと……」と言葉を詰まらせる。玲恵子さんの病状を見ながら、編集作業は急ピッチで進んだ。

 本を作るうち、玲恵子さんは生気を取り戻し、主治医を驚かせた。比較的病状が安定して「思わぬ退院」にもなった。自宅に戻った玲恵子さんは、「自分史を始めてから、不思議な生命力が湧いてくるんです」とにこやかに話していた。

 編集作業が終わりに近づいたころ、玲恵子さんは「本が完成すると『命の炎』が消えていくようで……。怖いです」とポツリと語った。その後、病状が急変した。

 完成した本は玲恵子さんの病床に届けられた。「あとがき」は、良憲さんの出版を祝う言葉で締めくくられている。「妻の文才を看過してきた己に恥じ入るばかりである。脱帽。玲恵子、おめでとう!」

 本を受け取ってわずか10日ほどで、玲恵子さんは旅立った。世田谷区内の寺で行われた告別式で、最後にあいさつに立った良憲さんは、妻の本を手にしていた。

 「妻の人生や人柄がすべて詰まった一冊です。上谷家の宝として、大切に引き継いでいきます」(桜井渉)

 ■私の歩み、息子と妹への鎮魂の書 相次ぎ肉親亡くした徳田さよ子さん

 2002年の年末だった。午前1時ごろ、夫に揺り起こされた鳥取市の徳田さよ子さん(73)は、何が起きたのか理解できないまま病院に向かった。

 無残な姿で次男(当時31)が横たわっていた。4人組の男たちに路上で因縁をつけられ、無抵抗のまま袋だたきにされたと聞かされた。「手の施しようがありません」と医師。全身に悪寒が走った。

 薬剤師として働き盛りだった次男は、一度も意識を回復することなく2週間後に息を引き取った。

 それからフラッシュバックに襲われるようになった。ハンドルを握ると接触事故を起こす。早期のがんも見つかった。それでも持ちこたえたのは、事件の1年前にカナダで病死した妹(享年54)との約束を果たすためだった。

 シングルマザーの妹には3人の子どもがいた。一番下はまだ14歳。臨終の際に「この子らの将来を」と託された。何度も太平洋を渡り、卒業式や結婚式で母親代わりを務めた。

 04年に実母と弟が相次いで他界。少し落ち着いた07年に、鳥取県の犯罪被害者遺族の会の活動を立ち上げた。会員同士、体験を話し合うと心が和らぐ。「犯罪被害者にも人権を」と演壇にも立ち、刑法の時効制度撤廃署名を集めた。

 自身の成長の足跡を含めまとめてみようと思い、月に一度、自宅から朝日新聞大阪本社に出向いて文章の指導を受けた。執筆するのは家事を終えた夜。感情を抑え、なるべく事実を客観的に記すように心掛けた。ペンが止まらなくなり、うっすらと夜が明けていたこともあった。

 本のタイトルは「REQUIEM」。人生半ばで逝った2人の肉親への鎮魂の書だ。悲しみ、怒り、苦しみ。もろもろの思いを込めた。

 (寺田憲二)

 ■生きた証しを、妹へ最後のプレゼント 長く一緒に暮らした中山徳子さん

 東京都世田谷区の中山徳子さん(57)は3年前、5歳年下の妹、久美子さんをがんで失った。高校卒業後、「お姉ちゃんと一緒に暮らすから大丈夫」と姉を頼って上京してから30年以上、姉妹で一緒に暮らしてきた。「妹が生きた証しに」と思い出をつづり、久美子さんの愛称「くーちゃん」を本のタイトルにした。

 胃がんで手術を受けたことがある久美子さんは、2014年暮れの定期検査で心臓に水がたまっていることが分かった。さらに病理検査で「原発不明がん」と診断され、医師から「治る病気ではありません」と言われた。退院後も耳鳴りに悩まされ、おなかと足のむくみもひどかった。

 「頑張り屋でしたが、私に一度だけ、『頭が熱いよ、どうしたらよくなるのか分からないよ』と弱音を吐きました。でも何もしてやれませんでした」

 「最後の夜」は、看護師をしている下の妹も泊まりにきて、姉妹3人で手をつないで寝た。翌日、久美子さんは眠るように旅立った。15年6月22日、50回目の誕生日から1カ月半後だった。

 四十九日が過ぎたころから、妹のことを書きたいと思い、「朝日自分史」に相談した。「自分のことを書くだけが自分史ではありません」という言葉に励まされ、妹に呼びかけるような文章を書き進めた。

 妹の部屋は今も手付かずだ。「三回忌が過ぎて、少しずつ整理しているのですが、なかなか進みません」。久美子さんは、「タッキー」こと俳優の滝沢秀明さんの大ファンだった。知人を介してできた本を進呈した。「私が久美子にしてやれる最後にして最大のプレゼントです」

 (鈴木明治)

 ■大切な人への気持ちつづる

 東日本大震災をきっかけに心身の不調が目立ってきたという神奈川県藤沢市の田中操さん(74)。震災で失われた多数の生命と、死別した夫や兄に思いを寄せ、感受性が強かった自分の心の歩みを振り返り「一寸とEccentricな私の生涯」にまとめた。

     *

 「春の野に樹々は囁(ささや)き鳥唄うだけどやっぱりあなたはいない」

 大阪・豊中市の元小学校教諭香崎弘子さん(76)は夫の三回忌にちなみエッセーと短歌集「花かんむり」を100冊作った。夫の知人、友人にも配り「友達がたくさん増えました」。

 ■東京・大阪などで無料相談会

 朝日自分史の事務局では、東京・大阪などで無料相談会を月に数回開き、自分史作りのコツや朝日自分史サービスの概要などをご説明しています。今後の予定は以下の通りです。

 ●東京=朝日新聞東京本社(中央区築地5丁目)4月12日、19日、27日、5月9日、22日、29日

 ●大阪=朝日新聞大阪本社(大阪市北区中之島2丁目)4月18日、5月16日

 ●神奈川(出張相談会)=横須賀・産業交流プラザ(横須賀市本町)3月23日/鎌倉・玉縄学習センター(鎌倉市岡本2丁目)3月29日

 いずれも予約制。下の電話番号で、詳細なご案内や予約の受け付けをしています。

 ◆朝日自分史

 03-6869-8007/06-7878-8500

 お問い合わせ・お申し込みは土日祝日を除く10~17時

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