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 ■木島櫻谷(このしまおうこく)

 月夜の竹林を行く、一匹のキツネ。竹やキツネの鼻などは墨で描いた上に青色の絵の具を重ね、月光を受けてつやつやと照っているようだ。厳しい自然の中で耐える生き物たちの生命感が、ひそやかに伝わってくる。

 写生を重視した木島櫻谷は動物画の名手として、横山大観や竹内栖鳳(せいほう)と並び、戦前の画壇を代表する一人だった。これは30代半ばに、文展で日本画の最高賞を得た作品。京都・鞍馬で残雪に獣の足跡を見つけ、雪の夜にさまよう飢えた孤独なキツネを想像し、描いたという。

 だが本作には、夏目漱石が「屏風(びょうぶ)にするよりも写真屋の背景にした方が適当な絵」とけなし、キツネだけが昼間にいるようだと指摘したエピソードが残る。確かに夜は丸くなるはずの瞳が、細いままではある。泉屋博古館の実方(さねかた)葉子学芸課長は、漱石は留学で西欧絵画に触れ、帰国後は東洋の文人画などを好んだだけに、「写実的なものとそうではない要素が混在する点を問題視したのでは」とみる。

 櫻谷の反論は残っていないが、「寒い悲しい余雪の淋(さび)しみを此(こ)の狐(きつね)によって表したい」と思い、夜の色の表現や竹の配置などに苦労したと語っている。

 ならばあえて孤独を際立たせるため鋭さを感じさせる目にしたのか、雪に月光が反射して周囲が明るかったと想定したか……。漱石の批判は重箱の隅をつつくようなものとも思えるが、写実をもとに自分の世界を表現しようとした櫻谷の工夫に、想像を広げさせてはくれる。(丸山ひかり)

 ▽「木島櫻谷 Part1 近代動物画の冒険」展は4月8日まで、東京・六本木の泉屋博古館分館(ハローダイヤル03・5777・8600)。月曜休館。

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・名前 寒月

・生年 1912年

・体格 各縦167センチ×横372センチ、六曲一双

・素材 絹本着色

・生みの親 木島櫻谷(1877~1938)

・親の経歴 高級な調度を扱う店の次男として京都市中心部で生まれる。幼い頃から絵が好きで、商業学校に進んだが父の死後退学。写生を重んじる円山派の流れをくむ今尾景年らに師事。文展などで活躍したが、晩年は画壇から離れた。

・日本にいる兄弟姉妹 京都の櫻谷文庫や泉屋博古館分館、京都市美術館、京都文化博物館などに。

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 [1]半月が浮かぶ、銀色がかった夜空。特殊な方法で着彩したと考えられている。当時櫻谷は、「夜の色」の表現に苦労したと語っていた。

 [2]鋭い目つきのキツネ。周囲を警戒して慎重に歩く様子が伝わる。動物園に通い写生したが、気楽な様子のキツネばかりで苦労したという。

 [3]竹の根元にちょんと色をつけ、雪の深さを表現。実方課長は、「簡単なようで難しい」。

 <訂正して、おわびします>

 ▼13日付美術面「美の履歴書『寒月』木島櫻谷」の記事中、木島の作品を所蔵する施設を紹介する「日本にいる兄弟姉妹」の項目で、「京都市美術館、同文化博物館などに」とあるのは、「京都市美術館、京都文化博物館などに」の誤りでした。

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