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 疑わしきは被告人の利益に。

 この言い古された、しかし、多くの過ちを経て、先人がたどりついた知恵に基づいて、検察は行動すべきだ。

 39年前、鹿児島県大崎町で男性の遺体が堆肥(たいひ)置き場の土中から見つかった事件で、殺人などの罪で服役した親族の女性(90)について、福岡高裁宮崎支部は裁判をやり直すべきだと判断した。昨年6月の鹿児島地裁に続く再審開始の決定である。

 地裁の証拠評価や論理を厳しく批判しつつ、異なるアプローチで同じ結論を導き出した。

 地裁は、弁護側が提出した「供述心理鑑定」を採用して開始決定を出した。有罪の支えになった関係者の供述を心理学的に分析し、その信用性に疑問を投げかけるものだった。

 高裁はこれを「手法も内容も不合理だ」と退け、かわりに地裁がさほど重きを置かなかった法医学鑑定に着目した。

 男性の死因は自転車事故などで起きる出血性ショック死の可能性が高いとする鑑定結果を、「合理的な推論で十分に信用できる」と判断。「タオルで力いっぱい首を絞めて殺害した」と認定した確定判決は、見直されるべきだと指摘した。

 検察当局には異論があるだろう。だが考えるべきは、この事件で有罪に疑いを唱える司法判断は三つ目になるという点だ。今回は3度目の再審請求だが、第1次請求(95~06年)のときも、後に高裁で取り消されたものの、いったんは地裁が再審を始める決定を出している。

 裁判所の見解がこれほど揺れる事件は珍しく、それだけ証拠が脆弱(ぜいじゃく)と見るべきだ。共犯とされた関係者3人には知的障害があり、供述内容も不自然だったり、説明のつかない変遷をたどったりしている。捜査員による誘導が疑われる典型例だ。

 事故死だとすればなぜ遺体が堆肥置き場から見つかったのかなど、不可解な点は残る。だがその責めを負うのは捜査当局であり、元被告の女性ではない。公益の代表者と位置づけられる検察は、罪のない人の救済という再審の目的を踏まえ、裁判のやり直しに応じるべきだ。

 今回も再審段階での証拠の扱いが課題になった。鑑定のもとになった遺体写真は、第3次請求になってようやく、裁判所の勧告をうけた検察側がフィルムを開示して明らかになった。

 社説でくり返し主張してきたように、現場の運用・裁量に委ねるのではなく、法律を整備して再審におけるルールづくりを急がなければならない。法治国家として当然の務めである。

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