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 天皇、皇后両陛下が11回目となる沖縄への旅を終えた。来年春の退位が決まり、これが最後の訪問といわれている。

 お二人はかねて沖縄に深く思いを寄せてきた。原爆忌、終戦の日とともに、沖縄戦で組織的戦闘が終わったとされる6月23日を特別な日と位置づけていることは、よく知られた話だ。

 73年前の今ごろ、沖縄本島の海は米艦船で埋まった。3カ月に及んだ激戦での死者20万人。その半数以上を県民が占める。

 両陛下は、国内はもとより、サイパン、パラオなど海外の戦跡にも足を運んできた。そして今回も、まず訪れたのは糸満市の平和祈念公園だった。

 戦争で犠牲となった命を忘れない。あの惨禍を再び起こしてはならない――。その思いと行動は、多くの国民に共感をもって受け入れられてきた。

 もちろん、憲法が定める国事行為以外に、天皇の活動が広がることには十分な注意を払わねばならない。だが陛下の「慰霊の旅」は、憲法がうたう平和主義の理念に重なる。戦後日本がくり返してきた不戦の誓いを、あらためて胸に刻みたい。

 今回は初めて、日本最西端の与那国島の地も踏んだ。

 思い出すのはおととし夏のメッセージだ。即位以来、「国民統合の象徴」としてのあり方を模索してきたと明かし、その役割を果たすために遠隔地や島々への旅を大切にしてきたと語った。沖縄への思いのもとにあるのは、戦争だけではないことをうかがわせるものだった。

 ところが近年、「統合」ではなく、逆に分断を広げる中傷や偏見が沖縄に投げつけられている。ネットの世界は言うに及ばず、テレビ番組の出演者や、公を担う政治家が平然と口にする。憂うべき光景である。

 沖縄はかつて琉球王国として独自の王を頂いていた。明治の琉球処分や戦争、米軍統治を経て、いまも基地が集中する。

 陛下は03年の会見で、沖縄の歴史をひもとくのは「心の痛むこと」だと吐露し、「それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきた」と述べた。

 「日本にとって我々は何なのか」。沖縄が本土に何度も発してきた問いだ。それに対する答えが、こうした発言であり、重ねた訪問といえる。

 以前は強い反発を示していた「天皇」という存在を、沖縄は自然体で迎え入れるようになった。翻ってそれは、本来、問いに向き合うべき政治の貧しさ、社会のゆがみを映し出す。

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