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 フェイク(虚偽)ニュースの拡大と、それへの対応が大きな社会問題になっているときに、性急で乱暴に過ぎる。

 政府内で検討されている「放送事業の大胆な見直し」のことだ。放送番組について▽政治的に公平である▽報道は事実をまげない▽多角的に論点を明らかにする――などと定める放送法4条の撤廃が浮上している。

 新しいコンテンツ産業の参入を促して、経済を活性化させる規制改革の取り組みの一環だという。一面的な発想に驚く。

 不偏不党な番組づくりを通して健全な民主主義を築くという、これまで放送に期待されてきた使命をどう考えるか。ネットの発達に伴い、放送と通信の境が見えにくくなっているからこそ、社会でどんな規範を新たにうち立てるべきか。

 そうした根源的な議論こそ、求められているのではないか。

 放送法は戦前の報道統制の反省の上に成立した。ただし電波は有限なこと、映像や音は活字以上に訴える力が強いことなどから、4条が設けられた。

 表現の自由を保障する憲法に反するとの意見もあったが、放送界では事業者が自律的に守るべき倫理規定として定着する。実効あるものにするため、03年にはNHKと民放連により、第三者機関の放送倫理・番組向上機構(BPO)もつくられた。

 裏づけ取材などをしないまま沖縄の反基地運動を侮蔑・中傷したMXテレビの番組「ニュース女子」が、BPOから放送倫理違反や人権侵害を指摘されたのは記憶に新しい。4条がなくなれば、こうした仕組みも事実上機能しなくなるだろう。

 テレビ離れが言われているとはいえ、影響力は依然大きい。それが、ネット上の情報と同様「何でもあり」の世界になりかねない危険性をはらむ。放送法を所管する野田聖子総務相が、国会答弁などで疑義を表明しているのはもっともである。

 こうした構想がなぜ唐突に浮上したのか、政権の真意を疑わざるを得ない。

 安倍内閣は従来の自民党政権にもまして、4条を口実に放送に介入し圧力をかけてきた。だがその強権姿勢は厳しい批判を浴びた。一方で首相は、バラエティー番組や政治的公平性を求められないネットテレビには進んで出演し、自らを宣伝する。4条撤廃の衣の下からは、メディアを都合良く使える道具にしたいという思惑がのぞく。

 放送と通信の今後のあり方を検討するのは大切だ。だがそのことと、今回の危うい議論とは切り離して考えねばならない。

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