[PR]

 政府の得た情報は本来、国民のものだ。その原点に立ち、政府の公文書管理のあり方を見直すべき時である。

 特定秘密保護法に基づき、政府による特定秘密の指定が適切かチェックする衆院情報監視審査会が年次報告書を公表した。

 保存期間を「1年未満」の扱いにすることで、各省庁の判断で大量の特定秘密文書が廃棄されている実態がわかった。

 16年の1年間で44万5千件。多くは保存期間1年以上の原本が別に保管されていたが、うち2万8千件は原本をつくる素材となった文書だった。

 保存期間が「1年以上」の特定秘密文書を廃棄するには、政府の独立公文書管理監と内閣保全監視委員会の二重のチェックを受ける。一方、「1年未満」は一般の公文書と同様に、省庁の判断で廃棄できる。

 このため審査会は、コピーなどを除く特定秘密文書は原則として保存期間を1年以上にし、1年未満の文書についても、管理監のチェック対象とするよう提言した。

 審査会はこうした運用改善を「意見」として政府に求めた。方向性には賛同するが、物足りない。より強い「勧告」に踏み込むべきである。

 忘れてならないのは、国会は国民の代表として政府を監視している、ということだ。

 政府が一定の情報を秘密にする場合はあるだろう。だがそれは、不断の検証と将来の公表が大前提である。

 政府に置かれた二つの機関はいわば身内だ。唯一の外部の目である衆参両院の情報監視審査会の使命は、極めて重い。

 特定秘密文書に限らず、安倍政権では公文書のずさん極まる扱いが目立つ。

 防衛省は南スーダンPKOの日報を一時廃棄したとし、菅官房長官は加計学園をめぐる文部科学省の「総理のご意向」文書を、怪文書と決めつけた。森友学園問題では財務省が決裁文書を改ざんし、国会に提出した。

 保存期間を「1年未満」としたり、「個人メモ」の扱いにしたりして公文書を隠蔽(いんぺい)する手法が横行している。

 政府に対する国会の監視機能が今こそ重要である。

 公文書は「民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と公文書管理法は位置づける。特定秘密文書であれ、一般の公文書であれ、その適切な管理は国民への責務だ。

 国会はその使命を自覚し、運用改善と法改正に向けた検討を重ねる必要がある。そのことが政府に緊張をもたらすはずだ。

こんなニュースも