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 天皇陛下の退位と皇太子殿下の即位に伴う儀式を、いつ、どのように行うか。その基本方針を政府が発表した。

 国民意識や時代の変化を踏まえ、ふさわしい姿を探る。当然そうするべきなのに、政府は識者4人の意見を聞いただけで、3回の会議で早々と結論をまとめた。結果として、憲法の諸原則や社会通念に照らして首をひねる点が残る内容になった。

 政府は、昭和から平成への代替わりのときの形を基本的に踏襲すると早くから決めていたという。しかしその「先例」に対しては、当時からさまざまな疑問が指摘されてきた。

 ▽神話に起源がある剣と璽(じ)(勾玉〈まがたま〉)を新天皇が引き継ぐ儀式が、憲法に基づく国事行為とされ、かつ女性皇族の参列は許されなかった。政教分離や男女平等の理念に反しないか。

 ▽即位を公に宣明する儀式で、やはり神話に由来するとされる高御座(たかみくら)などが使われ、天皇が首相を見おろす位置から「お言葉」を述べた。国民主権の趣旨にもとるのではないか。

 ▽神道儀式の性格をもつ大嘗祭(だいじょうさい)に公金(宮廷費)を支出したのは、政教分離の原則に触れる疑いがある――などだ。

 政府方針はこうした問いに、こたえるものになっていない。

 菅官房長官は「平成の代替わりの式典の際に十分な検討が行われ、司法の場でも政府の立場が肯定された」と説明する。だが最高裁で審理の対象になったのは、知事らが公費を使って儀式に参列したことの当否だ。それが合憲と判断されたからといって、先に挙げたような問題が解消されたわけではない。

 政府が聞き取りをした識者も「国内外の通念とも調和するあり方に」「時勢にあわせて最適で実現可能な方法を」といった考えを述べている。今からでも見直すべき点は見直すべきだ。

 退位問題がおととし浮上したのを機に、象徴天皇の役割や国民との関係について、検討を深めようという機運が盛りあがった。ところが安倍政権は後ろ向きで、今回の代替わり儀式にのぞむ姿勢同様、むしろ議論を避ける方向で動いてきた。

 皇族の数が減り、活動の維持が難しくなっている事態への対応も先送りに徹する。首相はことし1月、国会で「国民のコンセンサスを得るためには、十分な分析、検討と慎重な手続きが必要」と答弁したが、その貴重な時間を無駄にしているのは首相自身ではないのか。

 憲法が掲げる価値を軽視し、熟議を拒む。そんな対応は皇室の将来にも良いことではない。

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