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 人類はこれから、とてつもない科学技術の発展を見ることになりそうだ。なかでも人工知能(AI)やゲノム編集といった先端技術は、未来に大きな変化をもたらすに違いない。そんな時代に、人の生と死の問題を扱う宗教はどう向き合うのか。連続シンポジウム最終回のテーマは「宗教と生命(いのち)」。当日の様子をお伝えします。

 ◆第1部 池上彰さん×佐藤優さん対談

 中学時代にSF小説を読みふけっていたという池上彰さん。冒頭で、こんな作品を紹介した。

 世界中のコンピューターを全てつないで究極の質問をした。「神は存在するのか」。すると、返ってきた答えは「いま、ここに存在する」――。

 佐藤優さんは、仮にそうしたネットワークが可能となったとしても「それは神ではない」という。「人間の限られた知性によって表象される『神』というのは神じゃない。神とは我々には説明できないものです」

 AI技術がいずれ、人間を超えた知性となる時が来るかのようにも語られ始めている。

 そこで池上さんは、ある思考実験を口にする。AIが世界中のあらゆる宗教に関する情報をディープラーニング(深層学習)で学んでいけばどうなるか、というのだ。「AIが宗教者として立ち現れて、人々の悩みに答えてくれることは、理論的には可能ですよね」。佐藤さんも「きちんとパターン認識をさせておけば、宗教的な良い助言をしてくれると思いますよ」と応じた。

 話はさらに、もう一つの先端技術である「ゲノム編集」に及んだ。ゲノムは細胞の核にある全遺伝情報のこと。それを狙った通りに改変する技術が実現しつつあるのだ。病気の治療だけでなく、もともとの能力をより高めることにも用いられる可能性がある。

 池上さんはこうした技術がいずれ、「ものすごく優秀な子どもがほしい」といった願望まで満たすことになりかねないと述べて、こう問題提起した。「先端医療に従事する科学者や医師らの倫理性を担保することはできるのかどうか。そのときに宗教はどういう役割を果たすべきなのでしょうか」

 「生」のあり方を考えることは「死」を問うことにつながる。

 佐藤さんはこう語った。「人間のいのちとは何なのか。そしてどう『死』と向き合うべきなのか。私たちはAIの問題と合わせて、きちんと考えなければいけないと思います」

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 いけがみ・あきら ジャーナリスト。名城大学教授、東京工業大学特命教授。1950年生まれ。

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 さとう・まさる 作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学部客員教授。1960年生まれ。

 ◆第2部 識者による講演

 ■受け止めて、共感すること 安藤泰至さん(鳥取大准教授)

 体外受精や臓器移植、ゲノム編集などをめぐる問題を批判的に論じる時に「生命操作」という言葉が使われます。宗教は一般的に「生命操作の流れにブレーキをかける」と思われているようですが、特定の宗教の教義から一義的に個々の技術についての是非を導けるわけではありません。

 いまの医療システムには「死なせないベクトル」と「死なせるベクトル」の両方が働いています。生への欲望をあおり、手立てが尽きたところで生をあきらめさせる。宗教者が「生の有限性」や「自然な死」だけを強調すると、「良い死」に向けて人を誘導していきます。宗教は、死なせるベクトルに取り込まれてしまうことになる。

 宗教の役割はそうではなく、当事者のいのちをめぐる苦しみを一緒に受け止めることです。科学技術は、問題を様々な要素に分解して合理的に割り切ってしまう。でも、割り切れないものをそのまま受け止め、共感することがカギとなります。それはAIには難しいのではないでしょうか。

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 あんどう・やすのり 専門は宗教学、生命倫理、死生学。1961年生まれ。

 ■「見えないもの」信じる力 山川宏さん(ドワンゴ人工知能研究所所長)

 AIは、将棋や囲碁では人間よりも圧倒的に強くなりました。でも囲碁に特化したAIに掃除や自動車の運転はできません。人間は、学習すればいろんなことがそこそこできるようになる。これが大きな違いです。

 人間のようにいろいろなことができる、汎用(はんよう)性の高いAIの可能性が大きなトピックスの一つになっている。私たちも、脳全体の構造に学んで汎用人工知能を作る研究をしています。開発の目標は2030年です。

 人間は科学技術によって能力を向上させてきました。一方で、地球は狭くなり、競争や紛争が起きやすくなっている側面もあります。AIが新たな「種族」にもなり得る状況のなかで、何らかのルールを作らなければいけないだろうと考えています。

 宗教は「争いをなくす」ことを唱える。そこに存在意義の一つがあり、歴史的にはある程度、成功したように見えます。AIや認知科学の観点から言えば、人間が「見えないもの」「超越的なもの」を信じられるということは素晴らしい能力ではないかと思っています。

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 やまかわ・ひろし 専門は人工知能、特に認知アーキテクチャ、概念獲得など。1965年生まれ。

 ◆第3部 パネルディスカッション

 ■どう生きるかの問題 進行役・松岡正剛さん

 松岡正剛さんを進行役に迎えた全体討議。第1部で話題になった「いずれAIが宗教者のように振る舞うことはあり得るだろうか」という問題から始まった。安藤泰至さんは「AIが何かアドバイスすることはできるのかもしれませんが……」と引き取りつつ、すぐに続ける。

 「AIがその人と同じような苦しみを自分も持っている、と考えるようなことは絶対にありません。他者の苦しみが自分の苦しみとつながっている、ということが『いのち』の本質ではないでしょうか。それはAIには分からないはずです」

 山川宏さんもAIの「自我」については否定的だ。「AI研究は基本的に、科学技術を進歩させるということの一環でしかありません。AIに自我といったものはなくても別に構わない。ただ単に、新しいアルゴリズムを考えられるような、ある種の創造性をもつようになるかどうか。それがポイントだと思います」

 議論は、そもそも人間とは……という流れになっていく。池上彰さんは、例えば新幹線や飛行機などが人間の歩行などの代替手段となっていったことを指摘。いずれAIが、私たちが物事を考えることを代替することになった時の意味を考えるべきだと話した。

 「代替されたことによって、私たちはより豊かで幸せになるのか、という大きな問題が提示されているわけです。人間の生きる意味をより考える。それがいま、求められていることなのかな」

 いくらAIが発達したり、先端医療で健康が実現できたりしても、解決できないものがあるはず。そこに人間が生きることの本質が浮かぶのではないか。

 安藤さんは、ガブリエル・マルセルというカトリックの哲学者の言葉を引く。それによると、私たちが取り組まねばならないことに問題(プロブレム)と神秘(ミステール)の二つがある。「問題」については、いろんな問いに分解し、解決を模索していくことができるというのだ。

 「ところが『神秘』というのは、どう生きるかによって自分自身に答えを与えていくしかないもの。いのちの問題って究極的には神秘なのです」

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 まつおか・せいごう 編集工学研究所所長。イシス編集学校校長。1944年生まれ。

 ■いのち、脅かされないか 専門記者(宗教担当)磯村健太郎

 今回のテーマである生命には「いのち」とルビがある。死では終わらないもの。かけがえのないもの。他者と響き合うもの――。様々な宗教的なニュアンスを帯びた言葉だ。

 私たちの「いのち」は将来、ますます脅かされないだろうか。登壇者の話を聞きながら、そんなことを考えていた。

 ある意味でヒトの脳を超えるかもしれないAI。生の欲望をあおる一方で、生をあきらめさせようとする現代医療。人類の未来を開く可能性と同時に、いのちが置き去りにされる危うさも感じる。AIに職を奪われる人も出てくるだろう。貧困層は先端医療どころか、必要な医療さえ受けにくくなっている。

 では、疎外された人々に宗教が救いをもたらす余地はあるだろうか。日本で組織としての宗教や教義は身近ではなくなっている。可能性としては、「他者の苦しみが自分の苦しみとつながっている」(安藤さん)といった個々の宗教者の寄り添いの姿にあるのかもしれない。

 今回のテーマは第1回「資本主義・国家」と第2回「暴力」と円環をなす。連続シンポジウムは終わるが、問われた課題はあまりに重い。

 ■連続シンポジウム「激動する世界と宗教――私たちの現在地」

 第3回「宗教と生命」

 ▽3月21日、東京・有楽町朝日ホール

 ▽角川文化振興財団主催、朝日新聞社・KADOKAWA共催

 

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