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 これが憲法9条を持つ日本の自衛隊の姿なのか。

 海外派遣時の日報隠蔽(いんぺい)は、政治が軍事に優越するシビリアンコントロール(文民統制)の基礎を掘り崩す。幹部自衛官が国会議員を罵倒した事案は、軍が暴走した歴史を想起させる。

 一方で、専守防衛を逸脱する空母や長距離巡航ミサイルの保有の検討が進む。集団的自衛権の行使に道を開く安全保障関連法が施行され、米軍との共同行動は格段に増えている。

 ■「錦の御旗」を得れば

 それだけではない。

 安倍首相は9条に自衛隊を明記する改憲の旗を降ろしていない。1項、2項は維持し、自衛隊の存在を書き込むだけと説明するが、政権の歩みを振り返れば、9条の空洞化を進める試みと断じざるをえない。

 賛成39%。反対53%。

 本紙が憲法記念日を前に実施した世論調査では、首相案への支持は広がらなかった。

 そもそも政府は一貫して「自衛隊は合憲」と説明し、国民にも定着している。9条改憲に政治的エネルギーを費やすのは、政治が取り組むべき優先順位としても疑問が残る。

 「何も変わらない」という首相の説明は、額面通りには受け取れない。「戦争放棄」と「戦力の不保持」を定めた9条があることで、自衛隊の活動や兵器に厳しい制約が課され、政府にも重い説明責任が求められてきた。改憲すれば、その制約が緩むことは避けられない。

 首相の意向に沿って自民党の憲法改正推進本部がまとめた案では、自衛隊は「必要な自衛の措置」をとるための実力組織とされる。自衛隊に何ができて、何ができないのか、その線引きが全くわからない。

 歴代内閣が否定してきた集団的自衛権の行使は、一内閣の閣議決定で容認に転じた。自衛隊が憲法上の機関という「錦の御旗」を得れば、時の政権の判断次第で、米軍支援や海外派遣、兵器の増強がなし崩しに拡大する恐れがある。

 ■行き詰まる軍事優先

 そのとき、9条の平和主義は意味を失う。戦後日本が築いてきた平和国家の姿は変質し、近隣諸国からは、戦前の歴史への反省を否定する負のメッセージと受け取られかねない。

 それは日本の外交、安全保障上、得策だろうか。

 東アジアの安全保障環境は分水嶺(ぶんすいれい)に差し掛かっている。

 北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、南北の軍事境界線を越えて文在寅(ムンジェイン)韓国大統領と握手を交わし、11年ぶりの首脳会談が実現した。史上初の米朝首脳会談への準備も進む。

 情勢が激しく動くなか、日本の平和と安全を守るために何が必要か。長期的な理念を掲げながら、目の前の現実を見すえる政治の知恵が試される。

 安倍政権は、北朝鮮の核・ミサイル開発の動きを、同盟強化や9条改正の機運につなげてきた。日米同盟に頼り、韓国や中国との信頼関係は深まっていない。そのために、朝鮮半島の緊張緩和という大きな流れに乗り遅れつつある。

 米国が核兵器の役割を拡大する「核戦略見直し」を発表した時には、唯一の戦争被爆国にもかかわらず、高く評価する外相談話を出した。これでは、非核化に向けたイニシアチブもとりようがない。

 安全保障は軍事だけでは成り立たない。対話や協力を通じ、平和を保つ仕掛けをつくる。そんな外交努力が欠かせない。

 いま必要なのは、9条の平和主義を基軸として、日米同盟と近隣外交のバランスをとりながら、地域の平和と安定に主体的に関与することだ。

 ■身の丈にあう構想を

 戦前、言論人として軍部にあらがい、戦後は自民党総裁、首相も務めた石橋湛山は1968年、こんな一文を残している。

 「わが国の独立と安全を守るために、軍備の拡張という国力を消耗するような考えでいったら、国防を全うすることができないばかりでなく、国を滅ぼす」(「日本防衛論」)

 時代状況が異なっても、この見方は今に通じる。

 日本社会は急速な少子高齢化に伴う人口減少と、未曽有の財政難に直面している。この現実は、安全保障を考えるうえでも決して無視できない。

 トランプ米大統領はしきりに米国製兵器の購入を日本に迫っている。呼応するかのように、自民党内には5兆円規模の防衛費の倍増を求める声もある。

 しかし、社会保障費が膨らむなかで、そんな財源が一体どこにあるというのか。子どもの数が減っていけば、現在の自衛隊の規模を維持することも難しくなるだろう。

 国力の限界を踏まえ、軍事に偏らず、身の丈にあった安全保障を構想すべきである。

 不透明な時代であればこそ、9条を変わらぬ礎(いしずえ)として、確かな外交、安全保障政策を考え抜かなければならない。

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