[PR]

 憲法が適用されない米軍統治下から沖縄が日本への復帰を果たして、きょうで46年になる。

 だがこの地では、憲法の精神を踏みにじるような出来事が、日常的に起きている。

 たとえば名護市辺野古。米軍普天間飛行場を移設するための埋め立て工事が急ピッチで進む。海を囲い込むように伸びる護岸は、新たに背負うことになる基地の重荷を、目に見える形で地元住民に突きつける。

 工事は、埋め立て海域内にあるサンゴを移植したうえで行うという県との約束を破って、昨年4月に始まった。県は沖縄防衛局に対し、工事を中断して話し合うように、くり返し行政指導してきた。しかし防衛局は聞く耳を持たない。

 また最近になって、工事区域の地盤が予想以上に軟弱だとわかり、そばに活断層が存在する恐れも浮上した。そうであれば大幅な設計変更が必要だが、政府から詳しい説明はない。

 他の都道府県で大型の公共事業を進めるときも、同じ態度で臨むだろうか。

 国が約束を無視し、地元と協議すること自体を拒む。それが2018年の沖縄における民主主義や地方自治の現実だ。「沖縄差別」という受けとめが、県民の間に広く、深く浸透する。

 辺野古だけではない。この1年に限っても、オスプレイや軍用ヘリの事故、トラブルが県内で頻発した。

 昨年12月に米軍ヘリの窓が校庭に落ちてきた普天間第二小学校では、今も米軍機が近づくたびに子どもたちは校庭から屋内に避難する。今月8日までに367回もあったという。

 本土では考えられない話だ。平時に米軍に飛行ルートを守らせることすらできず、何が「沖縄の方々の気持ちに寄り添い、基地負担の軽減に全力を尽くします」(1月の安倍首相の施政方針演説)だろうか。

 辺野古への基地移設反対を訴えてきた翁長雄志知事は、県内の首長選で支援する候補が相次いで敗れるなど苦境にある。11月に予定される知事選までに埋め立て工事を進めて既成事実を積み重ねれば、氏の求心力はさらに低下し、県民のあきらめムードを誘うことができる――。政府の最近の動きからは、そんな狙いが透けて見える。

 太平洋戦争で本土防衛の「捨て石」となった記憶は、今も多くの県民の脳裏に残る。日本の安全を守るためとして、この島の人々にまたも大きな犠牲を強いることが正義にかなうのか。

 5月15日。改めて沖縄の歴史と未来を考える日としたい。

こんなニュースも