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 梅雨空に「九条守れ」の女性デモ――。さいたま市の女性が詠んだ俳句を、公民館だよりに載せることを市当局が認めなかった問題で、表現活動への安易な規制を戒める判決が、東京高裁で言い渡された。

 この公民館では、地元の俳句サークルで秀作に選ばれたものを、たよりに掲載するのを慣例としてきた。ところが女性の句は拒まれた。「公民館は政治的に公平中立であるべきだ」というのが、市側の説明だった。

 高裁は、住民が学び、生活や文化を豊かにする場である公民館の役割に注目した。

 学びの成果の発表を思想や信条を理由に不公正に取り扱うことは、思想・表現の自由の重みに照らして許されない。意見が対立するテーマだから排除するというのは理由にならない。

 そう指摘して、一審に続いて女性に慰謝料を支払うよう、市に命じた。

 市民が意見表明しようとすると、自治体がその前にたちはだかる例が、近年各地に広がる。

 たとえば金沢市は、市庁舎前の広場を護憲集会に使うことは「特定の政策や意見に賛成する目的の示威行為」だとして、昨年から許可しなくなった。神奈川県海老名市は、駅の自由通路で政治的メッセージを含む活動をするのを禁じる命令を出した。これは裁判所によって取り消されたが、こうした規制の一つ一つが、市民の正当な権利を確実にむしばんでいる。

 表現しようとする者だけではない。その機会を提供する者への圧力や批判も目につく。

 前川喜平・前文部科学次官が名古屋市の中学でした講演について、文部科学省は自民党議員の意向をくみながら、市教委に対し、教育現場への介入と言うほかない異例の調査をした。北九州市では、前次官の講演会で司会を務めた市議に、中傷や脅迫が相次いだ。ネット上には、気に入らない言論や集会を攻撃する過激なことばがあふれる。

 面倒に巻きこまれたくない。自治体の担当者らがそう考えるのもわからなくはない。しかし事なかれ主義に流れれば、社会はやせ細るばかりだ。

 人々が学び、意見を交わし、考えを深めることが民主主義の基本である。そして、その根底を支えるのが表現の自由だ。

 もちろん、他者の人権を侵すヘイト行為などは、厳しく批判されなければならない。

 だが、そうでない活動は最大限保障するのが、憲法の説くところだ。自治体は市民と対立するのでなく、自由を守る道を一緒に歩んでもらいたい。

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