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 森友・加計問題やPKO日報の隠蔽(いんぺい)をうけて、公文書管理制度の見直しに各党が乗りだしている。だが事態の深刻さや広がりを考えると、議論されている案は小手先の対応にとどまる。

 安倍政権では、中枢に近づくほど、「意思決定や報告の記録はない」という抗弁がまかり通り、その中枢に都合の悪い文書が出てくると、残していた官僚や部署が激しく批判された。

 このゆがみに目をつぶったまま、制度を表向き整えてみても、適正な文書管理は期待できない。求められるのは、問題の本質を探り、病巣を根本からただす取り組みである。

 まず、公務で作成・取得したものは、全て公文書として扱うことを検討すべきではないか。

 今は公文書管理法で「職員が組織的に用いるものとして、行政機関が保有している」という条件がつく。このため、公文書か個人メモかといった不毛な議論が起き、「保管していない」「廃棄した」などの言い訳を許す一因になっている。

 自民、公明のワーキングチームが先月まとめた中間報告は、この抜け道をふさごうという意識が薄い。書き残す内容を組織で確認するよう強調してもおり、公文書の範囲を狭くしかねない。また、「経緯も含めた意思決定に至る過程を残す」という法の趣旨をねじ曲げ、「意思決定の根拠でないことは文書に書くな」とも注文する。向いている方角が逆だ。

 法律の施行から7年が経ってなお、適切な文書管理ができない。その原因を掘りさげることが、改革の出発点だ。

 官僚の意識に問題があるというなら、研修を強化し、違反者に厳しい制裁を科すことも議論すべきだ。人材不足ゆえであれば、文書管理に通じた職員を養成し、適切に配置する必要がある。米国などに比べ、この層が著しく見劣りすることはかねて指摘されている。紙を主体とする保存管理システムの欠陥が原因ならば、電子化の時代にふさわしいものに改める。

 首相は行政文書管理の最高責任者で、各省庁に資料の提出を求めたり、実地調査をさせたりする権限をもつ。保管の実態、職員の認識、課題などを報告するよう求め、公文書管理委員会に見直しのあり方を諮問してはどうか。文書の改ざんや廃棄などを「誠に遺憾」と心底思っているのなら、目に見える行動で示さなければならない。

 政権交代が見通せず緊張感を欠く政治が、官僚をまひさせている面も否めない。野党もまた、責任を自覚すべきだ。

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