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 行政への信頼が土台から深く傷つけられているというのに、安倍首相はいつまで、国民の疑念に背を向け続けるのか。

 衆参両院の予算委員会できのう、森友・加計問題を中心とした集中審議が開かれた。しかし、そこで繰り返されたのは、新たな事実を突きつけられても、問題はないと開き直る首相の寒々しい対応だった。

 森友学園との国有地取引をめぐっては、財務省が先週、膨大な交渉記録を公開した。首相の妻・昭恵氏の名前が何度も登場し、昭恵氏付の職員が「優遇」を求める学園側の照会を受けて、財務省に問い合わせていた記述もある。

 少なくとも、学園側が、名誉校長を務めていた昭恵氏との関係をテコに交渉に臨んでいたことは明らかだ。

 しかし、首相は「妻が関わっていないのは明らか」の一点張りで、その「関わり」も、贈収賄に問われるようなものに限定されるという考えを示した。到底納得できない。昭恵氏本人が会見してはとの提案にも「私が答える」と一蹴した。

 加計問題では、2015年2月に加計孝太郎理事長が首相と会って、獣医学部新設について「いいね」と言われたと聞かされたという愛媛県の文書の信憑(しんぴょう)性が焦点となった。

 首相はきのうも、会談の事実を否定したが、理解できないのは、面会はつくり話で、愛媛県にウソをついていたという学園のコメントに対し、「論評する立場にない」としたことだ。

 首相はこれまで、加計氏が自分を利用しようとしたことはないと強調してきた。学園の関係者が、ありもしない面会や自分の発言を捏造(ねつぞう)していたというのなら、怒り、抗議するのが当然だろう。

 そもそも、学園の説明は額面通り受けとれない。別の文書には、加計氏と首相に「面談する動きもある」とか、面会を受け「首相秘書官から資料提出の指示あり」といった、面会を前提とした具体的な記述がある。

 一連の文書は整合性があり、一部を否定すればすむものではない。学園のコメントが文書だけで、記者会見で説明していないことも不誠実きわまりない。

 森友、加計問題は、公文書管理と情報公開という民主主義を支える両輪が壊されている政治の惨状を映し出す。

 首相の答弁とつじつまを合わせるために、その周辺でウソや公文書の改ざん、廃棄がはびこっているのだとしたら、自ら指示していないとしても、その重い責任は首相にある。

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