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 ■ありがとう 夏100回 これからも

 1971(昭和46)年の第53回全国高校野球選手権大会で準優勝した磐城の監督、須永憲史(76)は地元の炭鉱会社に勤めながら、選手を指導していた。しかし、この年の春の炭鉱閉山を受け、関係会社に転職して、保険を扱った。

 一躍、地元の有名人となっていた須永は「おかげで生命保険の契約を全国一に届くほど取った」と言う。その後、安積(あさか)商(福島、現帝京安積)の監督などを歴任。2012年以降、高校野球の現場からは退いているが「誘いがあれば、あの時の磐城のようなチームをまた作りたい」と話す。

 父が炭鉱勤めだった磐城の二塁手、舟木正己(64)は大阪府内に自宅を構え、商社勤めのかたわら、週末は地元のソフトボールチームで監督をしている。

 昨春の選抜大会。いわき市にある湯本高校の野球部OBらを阪神甲子園球場に案内し、一緒に観戦した。湯本は71年の福島大会で磐城に0―2で敗れている。そのOBから「高校時代に行けなかった甲子園を見てみたい」と頼まれたという。

 舟木は「客席から見る選手たちは上手に見えた。一生懸命プレーする姿は、昔と変わらない」と懐かしんだ。

 磐城の中堅手だった宗像治(64)はその後、福島県の高校教諭に。福島北で監督を務め、88年春の選抜大会に出場。04年から10年間、県高野連理事長に就き、東京電力福島第一原発事故のあった11年、理事長として福島大会の開催を決断した。

 今春開かれた第90回選抜大会では、宗像は出場校を補佐する大会総務委員として携わった。 舟木や宗像ら、53(昭和28)年度生まれには、落合博満(元中日監督)、田尾安志(元楽天監督)、中畑清(元横浜DeNA監督)、梨田昌孝(現楽天監督)、真弓明信(元阪神監督)――とプロ野球界を支える人材が輩出している。

 一方、その当時の高校野球の舞台裏では、女子マネジャーが存在感を示しつつあった。(五十嵐聖士郎)

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