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 安倍政権による公文書管理の見直しは、「政府をあげて徹底的に実施する」(首相)どころか、表面をなでるだけで終わる恐れが強くなっている。

 あれだけ多くの問題が噴きだしながら、政治家は誰ひとりとして責任をとらず、再発防止策にも本腰を入れない。国会、そして国民軽視の姿勢は、根底から正されなければならない。

 先日開かれた政府の公文書管理委員会では、弁護士や学者の委員から厳しい声が相次いだ。

 「改ざん文書に基づいて1年間も国会審議が行われるとは、民主主義の根幹に関わる」「組織ぐるみの隠蔽(いんぺい)であり、外部の人間が調査できる仕組みが必要だ」「記録管理の専門家を置かないと、状況は変わらない」

 いずれももっともな指摘である。だが政府は、こうした指摘に真剣にこたえることなく、月内にも一定の手当てをして区切りとする考えのようだ。

 「本気度」の欠如は随所にあらわれている。

 森友文書の改ざんをめぐる財務省の調査報告を受けて、首相は今月初めの閣僚会議で指示を出した。だがそれは、コンプライアンス意識の向上や決裁文書の管理のあり方の見直しなど、漠然とした内容にとどまった。

 記録が「個人メモ」として勝手に廃棄されないよう、公文書の定義を広げる。意思決定に至るまでの経緯と議論が、後世にしっかり伝わるように、メールでのやりとりやメモ類もきちんと残す。そうした本質に迫る対策には一切触れていない。

 いくらか具体性があったのが「電子決裁システムへの移行の加速」だが、総務省によれば、既に9割で実施されている。何より森友問題では、電子決裁済みの文書も見事に改ざんされていた。行政手続きの一部である決裁だけを取り出し、何らかの措置を講じたところで、再発防止の決定打にはなり得ない。

 文書管理を政府内で横断的に監視するポストの新設も検討されているという。だが各省庁にはいまも、総括文書管理者、文書管理者、文書管理担当者、監査責任者など、もっともらしい肩書のついた官僚が大勢いる。新ポストをつくっても「役所の論理」から抜けださなければ、屋上屋を架すばかりだ。

 それよりも、外部の専門的な目をもつ公文書管理委員会の活用を考えるべきだ。首相の諮問機関という現在の位置づけを見直し、独立性と権限を備えた組織とし、政府側に改善などを迫れるようにしてはどうか。

 このまま幕引きに走るようでは、将来に大きな禍根を残す。

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