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 ■ありがとう 夏100回 これからも

 1987(昭和62)年、2年生エース小島英司(48)の中央(群馬、現中央中等)が、甲子園に初出場した。初戦は、その年の春の選抜大会で優勝したPL学園(大阪)に決まった。

 「『もうだめだ』と大騒ぎする中央。PL学園の座席は静かだ」。組み合わせ抽選会の様子を、当時の朝日新聞大阪版がそう記す。PL学園の立浪和義主将は当時の取材に、「どんなチームか知らないが、そんなに力の差はないはず」。一方、中央の田村克弘主将は「(失点を)10点ぐらいに抑えられればいい」と語っていた。

 試合は小島の好投で終盤までもつれる。第69回全国高校野球選手権大会の開幕日の第2試合。ほぼ満員の5万3千人が詰めかけ、埋まったスタンドが白っぽい壁のように見えたのを小島は覚えている。

 初回、小島はわずか7球で1点を先取される。しかし五回、小島のバントが相手投手の悪送球を誘い、1死一、二塁。次打者がすかさず初球を狙い打って三塁打。2点をかえし、逆転に成功する。六回に同点とされるが、小島は速球とタイミングを外す変化球で、相手打線を七回まで散発5安打に抑えていた。

 試合が大きく動いたのは八回。2四死球と安打で1死満塁とされる。打ち取ったはずの飛球が二塁手の後方に落ち、勝ち越される。直後、小島の牽制(けんせい)がボークと判定され、さらに1点を失う。その後連打を浴びて、この回に一挙5点を奪われた。

 小島は「群馬大会は覚えていても、甲子園の記憶はないんです。緊張していたんだと思います。今までの野球人生でボークはこの時だけでした」と話す。

 試合は2―7で終了。PL学園はその後も勝ち進み、春に続いて優勝した。この夏の甲子園で、PL学園が相手にリードを許したのは中央戦だけだった。

 「今思えば、健闘したんだなと思います」。そして、小島は31年前のスコアを見て言った。

 「あの甲子園で、2時間18分も楽しい野球ができたんですね」(五十嵐聖士郎)

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