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 短絡的で乱暴な措置に驚き、あきれる。憲法が定める「集会の自由」や「表現の自由」を侵害するおそれが大きい。

 東京都新宿区が、街頭デモの出発地として使用を認める区立公園を、これまでの4カ所から1カ所に限ることを決めた。区役所内部だけの検討で「学校や商店街に近接していない」という条件を追加することにして、区議会に事後報告した。

 同区内で行われたデモは昨年度77件あった。うち60件は、今後は使えなくなる三つの公園から出発している。デモがしにくくなるのは明らかだ。

 吉住健一区長は当初、朝日新聞の取材に、ヘイトスピーチ対策に重点を置いた説明をしていた。だが担当部長による議会への報告では、住民の生活環境を守ることが理由とされ、デモ全般の制限を意図したものであることが明確になった。

 77件のうち区がヘイト行為を確認したのは13件で、それ以外は労働、平和、反核などテーマはさまざまだ。これらにも広く網がかかることになる。

 シュプレヒコールの音や交通規制などにより、デモが近隣住民の日常生活に一定の迷惑をかけるのは否定できない。

 だが、デモや集会を通じて、意見を形づくり、それを他人に伝え、異なる考えにも耳を傾けて考えを深めることは、民主主義社会にとって極めて大切だ。誰もが利用できる公園は、それを実現する場所として大きな役割を果たしてきた。

 ヘイト対策を検討する場合も、丁寧な議論を経て、しかるべき手続きを踏むのが筋だ。

 たとえば川崎市は、公園などの利用を事前に規制できる仕組みを設けているが、要件を厳しく定め、有識者でつくる第三者機関にも意見を聴くことにしている。集会や表現の自由との調整に悩みながら、一件ごと慎重に判断する。そうしたとり組みを避けて一律規制に走るのは、安易な発想というほかなく、到底受け入れられない。

 この問題をめぐっては、司法の場で蓄積された議論がある。公の施設の利用を自治体が拒否することの是非が争われた裁判で、最高裁は、拒めるのは人の生命・身体に明らかで差し迫った危険が予想できる場合に限るなどとして、集会の自由を重くみる見解を示している。

 住民の生活環境を整えるのは自治体の大切な役割の一つだ。しかし、議会とも話し合わず、積み重ねられた司法判断も無視して突き進むのは危うい。

 いったん立ち止まって考え直すよう、新宿区に求める。

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