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 オウム真理教の教祖だった松本智津夫死刑囚と、その側近として殺人の実行行為やサリン製造にかかわった元幹部6人に、きのう死刑が執行された。

 一連の事件では13人の死刑が確定した。今回その中の7人の執行を決めた理由や松本死刑囚の精神状態について、会見した上川陽子法相は「個々の執行の判断にかかわることは答えを差し控える」と繰り返すばかりだった。世界からも注目が集まる事件で、従来どおりの秘密主義を貫いたのは残念だった。

 多くの国が死刑廃止に向かうなか、日本は世論の支持を理由に制度を存置している。だがその実態は国民に伝えられず、刑罰のあり方をさまざまな観点から議論する土台が形づくられているとは言いがたい。考えを見直し、できる限りの情報公開に努めるよう、改めて求める。

 なぜ教団は社会を敵視し、サリンの散布にまで走ったのか。暴走をとめることはできなかったのか。その根源的な疑問は解けないまま残されている。

 松本死刑囚が事件に正面から向きあわなかったことが、最大の理由だ。一方で、死刑が確定した者も含む少なからぬ元信徒が、自らの言葉で、自らの歩みを語ろうとしてきた。

 刑事裁判で解明できることには限りがある。だからこそ、より踏みこんで事件の本質に迫るために、国会や政府の責任のもと、研究者らによるチームをつくり、関係者の聞き取りや記録の分析をしてはどうか。朝日新聞の社説はそう提案してきた。

 7人の刑が執行されたいま、それも難しくなったが、できることは依然あるはずだ。事件の教訓は、憎悪に基づく無差別殺傷やテロを防ぐ手立てを考えるヒントになるに違いない。

 中でもとり組むべきは、教団が若者を吸い寄せ、拡大を続けた理由を解き明かすことだ。

 元信徒らの発言や手記をたどると、神秘体験への好奇心や当時の仕事への幻滅などから入信し、その後「ここにしか真実も居場所もない」と思いつめていった様子がうかがえる。

 社会への小さな違和感がめばえた段階で、他に頼れる場があったなら、と思わずにはいられない。ところがいまの日本は、その「場」を用意するのではなく、むしろ自分たちとは違うと思った存在を排除し、疎外感を募らせる方向に流れてはいないだろうか。

 教団の暴走の原点というべき坂本弁護士一家殺害から29年。事件を知らない世代も増えたいま、オウムとは何だったのか、もう一度問い直したい。

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