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 元船員らは、米国が太平洋で実施した水爆実験による被曝(ひばく)者だ。裁判所はそう認め、「救済の必要性について改めて検討されるべきだ」として、国会や政府の対応に期待をにじませた。

 国は、背を向けてきた核被害の問題にむき合うべきだ。高齢化が進む元船員や遺族らの訴えを、これ以上放置できない。

 1954年3~5月、マーシャル諸島ビキニ環礁で水爆実験が6回行われた。周辺で操業していた高知県の元漁船員らが「国は被曝の事実や記録を隠し、被曝者の追跡調査や生活支援を怠った」として、損害賠償を求めて高知地裁に提訴した。

 先週の判決は、民法の規定で請求権が既に消滅しているとして訴えを退ける一方、「立法府や行政府による一層の検討に期待するほかない」と述べた。

 この核実験では、第五福竜丸が「死の灰」を浴びたことが国内への帰港後にわかり、無線長の久保山愛吉さんがその半年後に亡くなった。同じ海域を他にも多くの漁船が航行していたため、国は指定水域で操業した漁船を対象に放射線量の検査を実施。魚の廃棄を迫られた船は延べ約1千隻にのぼった。

 検査はしかし、54年末に中止される。厚生省局長通達は「魚類の摂取で人体に危険を及ぼすおそれが全くないことが確認された」とした。55年1月、日米両政府は、米国が200万ドルを日本に支払うことで「完全解決」に合意。一部が第五福竜丸の船員らに渡ったが、他の漁船員はほとんど何も得ないままでの「政治決着」だった。

 元船員にはがんや白血病などで早世する人が後を絶たず、被曝との関連が疑われた。しかし政府は「手持ち資料がない」「第五福竜丸以外の漁船の実態はつかんでいない」(86年の国会答弁)などと説明するばかりで、ようやく当時の検査記録を開示したのは4年前のことだ。船員らの支援団体に求められて調べたら、倉庫から出てきた。

 第五福竜丸の事件をきっかけに原爆医療法(現・被爆者援護法)ができたが、対象は広島・長崎の原爆被爆者に限られる。判決は、元船員らを核実験の被曝者と認め、原爆被爆者と対比しつつ「米国による核兵器使用で被害を受けた共通性がある」「長年にわたって省みられることが少なかった」と指摘した。

 国は生存者への健康調査を急ぎ、結果を踏まえて医療支援を検討するべきだ。被曝実態の全容解明にも努めねばならない。

 元船員らは「命あるうちの解決」を求めている。時間を浪費することは許されない。

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