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 「米国全域が射程圏にあり、核のボタンが机の上にある」「私の方がずっと強力だ。こちらのボタンは確実に作動する」

 背筋の凍る応酬だった。北朝鮮と米国の対立とともに迎えた2018年は、核時代の危うさを世界に知らしめた。

 両国の首脳はその後、握手の初対面を演じたが、非核化への具体的な進展はまだみえない。不確実さを増す国際政治に核のボタンが預けられている現実をどうすればいいのか。

 広島に原爆が投下されて、きょうで73年になる。筆舌に尽くしがたい惨禍を繰り返してならぬと誓った被爆者らの願いは、まだ約束されないままだ。

 オバマ大統領が広島を訪れたのは、つい2年前。その米国の政権交代で、核の廃絶をめざす風景は一変したかのようだ。

 ただ、希望の光もある。昨年からの核兵器禁止条約の動きである。古い国家の論理に対抗して、国境を超えた人間の力を束ねて変化をめざす潮流だ。

 「人道」という人類共通の価値観を信じて行動する市民のネットワークが、今年も世界と日本で根を張り続ける。その発想と連帯をもっと育てたい。

 核をめぐる風景を変える道はそこに開けるのではないか。

 ■危うい不拡散体制

 核戦争がどれだけ差し迫っているかを表す「終末時計」。掲載する米科学誌は1月、破滅を示す午前0時の2分前まで時計の針を進めた。

 冷戦下で米ソの水爆実験が続いた1953年と同じ最悪の水準である。その後、北朝鮮による核戦争の緊張はやや緩んだものの、トランプ大統領の対外政策は状況を複雑にしている。

 とりわけ、北朝鮮とイランへの待遇の違いが核の拡散を防ぐ国際努力を揺さぶっている。

 北朝鮮は、核不拡散条約(NPT)から脱退して核実験を繰り返してきた。一方のイランは反米を唱えつつもNPTにとどまり、核開発を抑える多国間の核合意を守ってきた。

 その北朝鮮と談笑しながら、イランとの核合意からは一方的に離脱し、敵対心をあおる。理不尽で一貫性のない対応だ。

 トランプ氏はまた、NPTに入らずに核保有したイスラエルを、これまでの米外交の常識を超えて厚遇している。

 これではルール破りの核開発をめざすほうが得策に見えてしまう。冷戦以来、核不拡散体制を主導してきた米国自身が、それを損ねる動きに陥っている。

 核抑止力を信奉する保有国。その「核の傘」に頼る同盟国。旧態依然の安全保障の縛りが続く限り、核軍縮は進まない。

 ■意義深い核禁条約

 国連で122カ国が賛成し、昨年採択された核兵器禁止条約を生んだのは、核を「非人道的な絶対悪」とみる素朴な人間の感覚である。

 条約は、核の開発、保有、使用に加え、使用をちらつかせる「脅し」も違法と定めた。

 核保有国はこれらを非現実的と決めつけ、「国際社会を分断するだけだ」と突き放す。

 だが、NPTが定めた核軍縮を怠ってきたのは保有国だ。そのうえ最大の核大国である米国もロシアも、核の使い道を広げる近代化に走っている。

 身勝手な保有国の主張に説得力はない。核禁条約はむしろ、大国と核開発国がむしばんできた核不拡散体制を支える新たな枠組みと考えるべきだろう。

 条約の発効には50カ国の批准が必要で、まだその途上だ。それでも被爆者や核実験被害者の「受け入れがたい苦痛と被害」を繰り返さない決意を、世界の規範に刻んだ意味は重い。

 ところが、日本政府は今も条約を拒絶している。理解しがたい。「核の傘」の下にあっても条約の趣旨に賛同するなど、前向きな姿勢は示せるはずだ。

 昨年、長崎での式典後、安倍首相に対し被爆者団体の代表は「あなたはどこの国の総理ですか」と詰め寄った。世界の人々に届いた被爆者の声に、日本政府はなぜ耳を傾けないのか。

 やけどの背中の写真を手に各国で核廃絶を訴えた谷口稜曄(すみてる)さん、そして運動を理論的に支えた長崎大元学長の土山秀夫さんがともに昨年、世を去った。「被爆者がいなくなる時代」は確実に近づいている。

 ■被爆者の思い継承を

 今を生きる市民が、被爆の記憶と核廃絶への思いを継承し、行動せねばならない。

 核禁条約は、世界のさまざまな団体、個人らが緩やかに結束して進めてきた。まとめ役としてノーベル平和賞を受けたNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長は今年、長崎で強調した。「政府ではなく、日本の人々にかかっている」

 「核なき世界」は、もはや核大国や政府だけに託す願いであってはなるまい。一人ひとりが世界を観察し、つながりあい、身近な政治を動かしていく。小さな行動の積み上げの先にこそ、核廃絶の希望が生まれる。

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