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 大けがにつながりかねない反則プレー、指導者による悪質なパワーハラスメント、審判の判定をめぐる疑義、さらには反社会的勢力とのつきあい――。

 スポーツ界を舞台にした不祥事は、とどまるところを知らない。極めて深刻な事態だ。競技や立場の違いをこえて、スポーツにかかわる者は立て直しに尽力し、人々の信頼と期待を取り戻さなければならない。

 数々の疑惑を指摘された日本ボクシング連盟の山根明会長が辞任を表明した。だが記者の質問には答えないまま一方的に宣言しただけで、混乱が収束する気配はいっこうに見えない。

 危険タックル問題で揺れた日本大学では、新たに応援リーダー部の監督によるパワハラ疑惑が持ちあがった。詳細はまだ不明だが、被害にあったという選手の話からは、社会常識からかけ離れた上意下達、絶対服従のゆがんだ関係が垣間見える。

 こうした病弊をただすのは、一義的には当の競技団体や運動部、大学当局の責任だ。だが自浄能力に疑問符がつくところに対しては、スポーツ庁が本来の役割を発揮し、しっかり指導・支援する必要がある。

 3年前に文部科学省から独立した同庁は、スポーツ界のコンプライアンス強化を政策目標の一つにかかげ、担当の参事官も置いている。にもかかわらず、このような事態を招いたという意味で、スポーツ庁の責任も大きい。発足して日が浅いことなどは言い訳にならない。

 同庁は昨年度、スポーツ団体にコンプライアンスの現況調査をしている。報告書自体は表面をなでただけのものだが、外国のとり組み例の紹介など、一部参考になる記載もある。

 たとえば英国では「公的資金は効果的な統治・管理がされている団体に投じなければならない」という考えのもと、運営の透明性、説明責任、財務の健全性などに関する細かな規定を設けている。各団体がこれを満たせるように、公的機関がチームをつくって相談にも乗る。

 オーストラリアでも、政府系機関がスポーツ団体のガバナンスに関する原則やガイドラインを定め、対策が遅れているところには支援プログラムを提供するなどしているという。

 昔ながらの「黙ってついてこい」型の指導や団体運営は、たとえ一時的に好成績を収めることがあっても、スポーツの魅力を殺し、選手を遠ざけ、存立そのものを危うくする。

 この危機を乗りこえ、再生の道をどう描くか。スポーツ庁のかなえの軽重が問われる。

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