73回目の終戦の日となった15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館(東京都千代田区)で開かれた。天皇陛下が来年4月末に退位を控え、平成最後となった追悼式には、全国から5236人の遺族が参列。約310万人の戦没者を悼んだ。▼2面=首相式辞、7面=不戦 大切な人に誓う

 正午から参列者全員で黙祷(もくとう)した後、天皇陛下が「おことば」を述べた。「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」という新しい表現の後に、4年連続で「深い反省」という文言を使い、「戦争の惨禍が再び繰り返されぬこと」を切に願うとした。

 これに先立ち、安倍晋三首相は式辞で「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れません」と表明。その上で、「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない」と4年続けて同様の表現で不戦を誓った。

 1993年の細川護熙氏以降、歴代首相は式辞でアジア諸国への加害責任に触れ、「深い反省」や「哀悼の意」などを表してきた。だが、安倍首相は第2次政権発足後、6年連続で言及しなかった。

 参列した遺族は平成の30年間で世代交代が進んだ。平成元年(1989年)の参列予定遺族は、戦没者の妻が3269人で48%、きょうだいが2251人で33%だった。今回は参列予定の5455人のうち、妻は13人で0・2%、きょうだいは361人で7%。最多は子の2864人で53%、孫、ひ孫は計598人で11%と初めて10%を超えた。

 参列した遺族で最高齢は東京都練馬区の芹ケ野(せりがの)春海さん(102)。最年少は2歳だった。全国の遺族を代表し、父親の喜代治(きよじ)さんが戦死した宮城県石巻市の鈴木喜美男さん(75)が追悼の辞を述べた。(佐藤啓介)

 

 ■天皇陛下おことば(全文)

 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来既に73年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。

 戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

 

 ■天皇陛下「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致し」 戦争の記憶つなぎ30年

 退位を来年4月末に控え、天皇として迎えた最後の終戦の日。「おことば」では「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」の新しい表現が盛り込まれた。戦没者を悼み、平和を願い続けた陛下の思いの表れと言えるだろう。

 天皇陛下にとって8月は「お慎み」の季節だ。皇太子時代の会見で言及した「どうしても記憶しなければならない四つの日」のうち、広島原爆(6日)、長崎(9日)、そして終戦(15日)の三つがあり、両陛下はこれらの日に極力外出を控え、欠かさず黙祷(もくとう)をささげてきた。

 1988年の8月15日。昭和天皇は体調が悪化するなか、静養先の那須からヘリで帰京し、追悼式に出席した。「今もなお、胸がいたみます」。戦争の当事者としての心境をおことばで明かし、これが逝去前最後の公式行事となった。

 それから、ちょうど30年になる。父の後を継ぎ、追悼式に出席した天皇陛下は「今もなお、胸がいたみます」の一節を「深い悲しみを新たにいたします」に変え、戦争の記憶を継承する大切さを訴えてきた。「象徴」として重きを置いてきた戦没者慰霊は、次世代の皇室に受け継がれる。(島康彦)

 <訂正して、おわびします>

 ▼15日付1面の全国戦没者追悼式の記事「天皇陛下おことば(全文)」の中で、「往事をしのぶ」とあるのは「往時をしのぶ」の誤りでした。文字を入力する際に資料を見間違え、点検も不十分でした。

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