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 終戦記念日のきのう、東京で全国戦没者追悼式が開かれた。来年4月末で退位することが決まっている天皇陛下が、最後の「おことば」を述べた。

 30回を数えるおことばの趣旨や表現は大筋同じだが、細かく見るといくつか変化がある。

 まず即位後初の1989年の式典から「尊い命(後に「かけがえのない命」)を失った数多くの人々」と、命の大切さを説く言葉が使われた。戦後50年を迎えた95年には「歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」と、日本が歩んだ道を忘れない姿勢が示され、以後引き継がれてゆく。

 そして戦後70年の2015年夏。「過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に」と、「深い反省」の4文字が盛りこまれた。締めくくりとなったきのうは、「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに」だった。

 おことばは内閣の補佐と責任の下で決まる。だが、11歳で敗戦を迎え、内外の戦没者を追悼する旅を重ねてきた陛下の思いが、そこには込められている。

 「かけがえのない命」「歴史を顧み」「深い反省」――。これらの言葉が意味するものを、いま一度、胸に刻みたい。

 最近話題の一橋大・吉田裕(ゆたか)氏の「日本軍兵士」は、当時の戦争指導者や軍官僚がいかに人の生命を軽んじていたかを描き出す。例えば日本軍の戦死者は230万人とされるが、研究者の推計では栄養失調に伴う病死を含む餓死者が61%、少なく見積もっても37%を占めるという。多くの兵士にとっての「敵」は敵の軍隊ではなかった。

 沖縄では住民の「敵」はしばしば日本軍だった。避難壕(ごう)から住民を追い出し、ときに自ら命を絶つよう迫った。軍が住民に集団自決を強制したという教科書の記載を政府が削除させた07年、事実を知る県民は激しく抗議した。その一人に当時那覇市長だった故翁長雄志氏がいた。

 戦争の姿が正しく伝わらず、歴史の改ざんがまかり通る。そんな光景を生んだ原因のひとつが、近年もあらわになった記録の軽視である。敗戦直後、責任追及を恐れた政府の命令によって大量の書類が処分された。

 それから73年の歳月を経て、日本はどこまで「歴史を顧み」「深い反省」を重ね、命を大切にする国に生まれ変わったか。

 きのうの式辞で首相は「歴史と謙虚に向き合い」と述べた。この言葉を言葉だけに終わらせない。それが、戦没者に対する今を生きる者の務めだと思う。

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