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 繰り返し巨大地震を引き起こしてきた南海トラフ。その「地震の巣」の解明をめざし、深部探査船「ちきゅう」が、今秋から海底の掘削を始める。目標は海底下約5200メートルとされるプレート境界の核心部を掘り抜くことだ。

 「この10年余りで断層の浅い部分が分かってきた。次はいよいよ断層本体。浅い部分と併せ、断層の全体像がかなり明らかになる」。計画を進める東京大地震研究所の木下正高教授(地球物理学)は期待する。

 「ちきゅう」による南海トラフの掘削が始まったのは2007年。紀伊半島沖の15カ所を掘削し、地層の試料や観測データから、従来の考えとは異なる、プレート境界の浅い部分の実態が分かってきた。

 従来、巨大地震は、プレート境界断層の深い部分で固い岩板ががっちりとくっついた「固着域」が高速で滑り、破壊が一気に広がって発生するとされてきた。断層の浅い部分の地層は比較的軟らかく、強い揺れや大きな津波をもたらす高速滑りは起きないとみられていた。

 ところが、プレート境界の途中で枝分かれした「分岐断層」や、プレート境界断層の浅い部分の試料を調べたところ、炭質物が集まる数ミリの層が見つかった。断層面が高速で滑って生じた300度以上の摩擦熱によってできたと見られる。掘削計画の研究部門をとりまとめる木村学・東京海洋大特任教授(構造地質学)は「断層の先端が動いた痕跡としては世界初の大発見」と言う。

 11年3月に発生した東日本大震災では、プレート境界断層の浅い部分も滑ったことが分かった。掘削チームの成果は、南海トラフの巨大地震発生モデルの見直しにつながった。政府の地震調査研究推進本部は想定震源域を広げ、地震の規模をマグニチュード9・1に引き上げた。

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 「ちきゅう」は10月、最終目的であるプレート境界断層本体の「固着域」に近い核心部を掘り抜くための航海に出る。境界は海底下約5200メートル付近にあるとみられる。順調にいけば、来年1~2月ごろに到達する見込みだ。

 ポイントはまず、境界断層より上の地層だ。これまでの探査では、非常に硬い層があるとみられている。地震波などを調べ、試料も採取する。ここにひずみが現在、どの程度たまっているかを明らかにする予定だ。

 境界断層では、滑りに影響を与える水の量や水圧のほか、固着の強度も測る。試料の中にガラス質の層が含まれる可能性もある。断層面が滑った際、1千度近くの摩擦熱で岩石が溶けてできるものだ。木村さんは「地震の危険性がどう高まっているのか。直接観測で得られるものがある」と話す。

 今回は、すでに海底下3058・5メートルまで掘削した穴をさらに掘り進める。ここまで掘るのも至難の業で、海洋研究開発機構地球深部探査センターの江口暢久・科学支援部長は「この深さは前人未到の場」と話す。

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 掘削には、いくつもの難関を越える必要がある。

 南海トラフでは、海のプレートの堆積(たいせき)物が、陸のプレートの下に沈み込む際に陸側に押しつけられる。この堆積物は「付加体」と呼ばれ、折れ曲がって積み重なり、掘削中に一度崩れると止まらない性質を持つ。

 掘削ではパイプに泥水を循環させ、掘りくずを海上まで引き上げる「ライザー掘削」という方法を使うが、崩れが続くと掘りくずを引き上げられなくなり、ドリルが埋もれてしまう。

 黒潮や強風で船が流され、パイプが損傷したり折れたりする恐れもある。石油会社で掘削を担った経験がある同センターの沢田郁郎運用部長は「条件が厳しすぎるので、石油掘削では絶対に掘らない場所だ」と言う。

 こうした環境に対応するため、4年かけて準備した。

 穴が崩れないよう、パイプに流す泥水を工夫。地層の隙間に水が浸入するのを防ぐ微粒子粉末や、地層の表面を覆う繊維素材を混ぜる。地層の壁を保護する「ケーシングパイプ」を、従来より短い間隔で挿入する。海外の石油コンサル会社や研究者を含む専門チームを陸上につくり、船上のメンバーとともに、穴の状態を24時間態勢で監視する。

 寒冷前線など天候の急変時に、海中のパイプを海底とつなぐ装置から切り離す時間は30秒から13秒に短縮。黒潮によって発生する渦は、海中のパイプに深さ400メートルまで自在に動くひれを120個程度取り付けて抑える。江口部長は「これで掘れなければ、今の技術では掘れない。科学的知見に加え、防災に役立つデータが得られることを期待したい」と話している。(小林舞子)

 <マントルまで掘れる> 「ちきゅう」は海洋研究開発機構の科学掘削船。2005年に完成した。海底下約7千メートル、マントルも掘削できる。「国際深海科学掘削計画(IODP)」の主力船として南海トラフを掘削する。計画の詳細はサイト(http://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/nantroseize/index.html別ウインドウで開きます)で。

 <訂正して、おわびします>

 ▼27日付科学の扉面「海底掘削 いざ核心部へ」のグラフィックで、「付加体を掘削」の断面図にある「ライザーパイプ」は、海底下では使わないため削除します。「ケーシングパイプ」内側の「セメント」は、正しくはパイプの外側を覆うものでした。元の資料を見誤りました。

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