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 ■#withyou~きみとともに~

 夏休み明け、学校へ行くのがつらい――。この時期、そんな思いを抱えて悩む子どもたちが少なくありません。一方、親にとっては、わが子が学校に通えなくなるのは心配です。そんなときはどうすればいいのか。中学生の姉妹の母でもある俳優の石田ひかりさんが、フリースクール「東京シューレ」の奥地圭子理事長と語り合いました。みなさんと考えます。

 ■息子の不登校、自己防衛と気づいた 奥地さん

 石田 私には、中学2年と3年の娘がいます。彼女たちにとって、学校は楽しい場所のようです。私も学校は好きで、行けなくなるほど悩んだ経験がありません。不登校の原因には、どんなものがあるのでしょうか?

 奥地 状況によって違いますね。いじめなどで苦しい思いをしたとか、何となく学校の雰囲気になじめないとか。逆に「勉強大好き」「先生大好き」という子でも頑張り過ぎて、燃え尽き症候群のようになり、通えなくなる場合もあります。

 石田 私が子どもの頃は、登校しないという選択肢が、今ほど一般的ではない時代でした。それを選ぶというのは、大変な勇気がいることですよね。

 奥地 私の息子にも、不登校経験があります。私は当時、小学校の教諭でした。「教員がわが子も満足に育てられないのか」と、自責感にかられたことを覚えています。振り返ると、私も「普通は学校に行くでしょ」「このくらいで負けちゃダメ」と考えていました。その後、児童精神科医の先生と出会い、不登校は自己防衛のための反応だと気づきました。

 石田 子どもが弱いところを見せてきた時に、まずは寄り添う、肯定するのが大事なんですね。

 奥地 子どもって、自分を持っている。信頼してもらえる親になるには、同じ目線で考える必要があると感じますね。

 ■自由な活動時間で「居心地」変わる 石田さん

 奥地 今って、情報化が進んで時代状況が変わり、「みんな一緒が良い」との考えは好ましくなくなっていると思います。もっと、子どもの声で学校をつくっていくと良いんじゃないでしょうか。

 石田 子どもたちは、ものすごくお勉強していますよね。授業を少しだけ早く終わらせて、自由に活動できる時間がつくれると、学校の「居心地」が変わるかもしれませんね。

 奥地 そうですね。2007年に設立した「東京シューレ葛飾中学校」(東京都)では、すべての行事を、子どもが実行委員会形式で進めるんです。苦労もありますが、結果的には満足感や達成感につながる。コミュニケーション能力も育ちます。

 石田 先生にとっても、子どもたちのエネルギーを毎日受け止め続けるのは、本当に大変でしょうしね。子どもたちが主体になることは大賛成です。

 奥地 「これは子どもたちに任せてみよう」という考え方が、もっと広がっていくと良いですね。

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 対談を通じ、学校になじめない子どもたちの現状について理解を深めた石田さん。子どもと同じ目線で、その「生き心地」を大切にする教育になってほしい、との思いを抱いたそうです。「娘たちに『学校に行きたくない』と言われたら?」と記者が尋ねると、「私の時代はこうだったとは考えないで、一緒に苦しみに向き合いたい」と話していました。

 (神戸郁人)

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 いしだ・ひかり 1972年、東京都出身。中学生時代に芸能界デビューし、大林宣彦監督の映画「ふたり」などで主演を務める。現在はテレビ番組の司会を始め、各方面で活動。中学生の娘2人を育てる母親でもある。

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 おくち・けいこ 1941年、東京都生まれ。息子の不登校がきっかけで、85年にフリースクール「東京シューレ」を設立。不登校について考える親の会や、「登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク」の立ち上げにも関わる。

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 朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

 ●「非常勤講師です。自分が小中学生の頃、夏休み明けは憂鬱(ゆううつ)でした。いま悩んでいる人は、気の合いそうな先生に相談してみてください。自分自身は、それぞれの子の気持ちに寄り添える教員でありたいと思っています。同じ気持ちの先生もきっといます。担任じゃなくてもいいんです。信頼できる人を見つけてください」(茨城県・40代女性)

 ●「高校時代、夏休み明けに学校に行くのがつらくなり、学校に行くふりをしては、通学途中に私服に着替えて、図書館で時間を潰していました。そのおかげで、いろんな本を読んで、様々なことを考えることができた。今考えても決して無駄時間ではなかったと思っています」(東京都・20代男性)

 ●「中2のとき突然はぶられて死ねとか言われても自分は何も悪くないし友達もいたから気にしなかった。高校入学時にも友達ができなくて陰口たたかれたけど、勉強に力入れて学年一位取って教師を味方につけたら何も言われなくなったし友達もできた。ただ家にも教室にもいたくないときは保健室に行って定期的に泣いて心のバランスを取っていた。学校に行きたくないときは身内に良い顔をされなかったけど無理に行かなかったし、遅刻とか早退した。保健室にはすごくお世話になった」(石川県・20代女性)

 ●「中学校にはいるといじめが始まりそれで行くのをやめた。小学校の時は親に引きずられて無理やり行っていたが、いじめが始まりそれを親に告白したら行かなくていいと、言われてとても安心した覚えがある。自分でどうにかしなければいけないことと、自分でどうにもできないことがある。自分でどうにもできないことは信頼できる人と相談してときには行かないという選択も必要だと思う」(海外・30代女性)

 ●「学校にいる時間はちょっとなのだから頑張ろうと思って乗り越えた」(京都府・10代男性)

 ■息しやすい場所、見つけて 脚本家・岡田麿里さん

 学校でのポジション、アニメ現場の言葉で言う「キャラクター設定」につまずいて、中学と高校で5年半、不登校でした。息苦しいのに、現状から逃げることもできず、何の変化もなく消えていく日々でした。

 それでも自分を「登校拒否児」とは認めたくなくて、学期の終わりなどは「つじつま合わせ」になんとか登校しました。その度に激しく精神的ダメージを受けて、また学校に行けなくなってしまうんですけど。

 学校に通えなくても夏休みが好きでした。それは他の子たちも同じように学校を休んでいるから。私だけが休んでいるわけじゃないということで、どこか安心できたんです。

 母親に対して罪悪感もありました。「私を捨てて、失踪してくれていいのに」などと考えたことも。その方が、「学校に行く・行かない」の問題から離れた場所に行けて、気が楽だとまで思っていました。

 変化があったのは、どうにか高校を卒業してからです。上京してゲームの学校に通うことになったのですが、早朝にふらっとコンビニに行けるとか、うわさされることを気にしないで済むとか、ちょっとしたことで気持ちがすごく楽になりました。学校には「自分も不登校だった」という子が何人かいて、彼らと話すことでも救われましたね。

 息のしやすい場所としにくい場所が社会にはあります。私自身、仕事を始めてからつらいことも多々ありましたが、学校に通うよりも困難には感じませんでした。つらいことが起こらない場所は存在しないけれど、つらいことがあっても踏ん張れる場所はある。その場所は、人によって違います。脚本を書いたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(あの花)の主人公は不登校でしたが、ラストを「学校に行けるようになった」としなかったのはそのためです。

 いま苦しんでいる人も「自分はダメ」と決めつけないで。自分を責めるのではなく、少しでも息のしやすい場所を見つけることに目を向けてほしいです。

 (聞き手・金子元希)

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 おかだ・まり 1976年生まれ。「あの花」、「心が叫びたがってるんだ。」(ここさけ)などヒットアニメを手がけた。自伝「学校へ行けなかった私が『あの花』『ここさけ』を書くまで」(文芸春秋)を原作にした実写ドラマがNHKのBSプレミアムで9月1日放映予定。

 ◇来週9月3日は「ゆとり教育」を掲載します。

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