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 沖縄県と政府がはげしく対立してきた辺野古問題は、きのう大きな節目を迎えた。

 県が、米軍基地の建設に伴う海面の埋め立て承認の撤回に踏みきった。亡くなった翁長雄志(おながたけし)知事が生前に表明した方針に従い、政府側の言い分を聞く「聴聞」を経たうえでの措置だ。

 トップ不在の状況でこのような重い判断をしていいのか。今月末の知事選に、どんな影響が及ぶか。様々な声や思惑が交錯するなか、会見した副知事は、淡々と行政手続きを進めたうえでの結論だと繰り返した。

 これによって工事は当面止まるが、政府は県の対応を不服として、裁判を起こす構えだ。裁判所がどんな判断をするのか、予断を許さない。しかし、県が「撤回」の理由にあげたことには相応の説得力がある。

 たとえば、辺野古沖の海底には、当初想定されていなかったマヨネーズ並みの軟弱な地盤が深さ40メートルにわたって広がっていることが、当の沖縄防衛局の地質調査で判明した。活断層が走っている疑いも浮上した。

 ところが政府はこの事実を2年以上にわたって隠し、県民らの情報公開請求を受けて今春ようやく明らかにした。聴聞では「さらに調査・検討したうえで県と協議したい」などと釈明した模様だが、この間、工事は休むことなく続けられている。時間をかせぎ、既成事実を積み重ねようという意図が明白だ。

 基地建設の当否をひとまず置いたとしても、あまりに沖縄県民を、そして地方自治を愚弄(ぐろう)した態度ではないか。

 13年末に仲井真弘多(なかいまひろかず)前知事が埋め立てを承認した際、海底の様子が不明なことなどを前提に、「工事の実施設計について事前に県と協議を行うこと」とする留意事項が明記された。だが政府はこれを無視して、県の度重なる行政指導にも従わず、工事を強行してきた。

 民間の業者だったら、とっくに事業中止や原状回復の命令が出ていて当然の振る舞いだ。

 海面埋め立てに関する法律は大正時代に制定されたもので、そもそも国が違法・不当なことをするという発想に立っていない。それに乗じる形で勝手を続ける政府に、正義や理を見いだすことはできない。

 問われているのは、辺野古に基地を造るか否かにとどまらない。民意に基づく地方からの異議申し立てに、中央はどう向きあうべきか。そんなすべての自治体にかかわる重いテーマだ。

 撤回に至った事情、そして今後を、「わがこと」としてとらえ、考え続ける必要がある。

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