[PR]

 建設資材に含まれるアスベスト(石綿)の粉じんを吸いこみ、中皮腫や肺がんなどを患った建設労働者や遺族が起こした集団訴訟で、国や建材メーカーに賠償を命じる判決が続いている。国は責任を認め、民間とともに被害者を救済する本格的な制度作りへ動くべきだ。

 石綿は、吹き付け材や断熱材などに広く使われてきた。日本は海外に比べて規制が大幅に遅れ、国が石綿を含む建材の製造を禁じたのは2004年。建設現場では危険性がしっかり周知されず、労働者は意識しないまま石綿の粉じんを吸いこみ、長い潜伏期間を経て発症した病に苦しんでいる。

 先月の大阪高裁判決は、国は遅くとも1975年には防じんマスク着用などを義務づけるべきだったのに怠ったと指摘。発がん性が確かになった91年には石綿を含む建材の製造を禁止するべきだったと踏み込んだ。国の責任を問う裁判は08年から各地で起こされたが、賠償を命じる司法判断は12年12月の東京地裁以来、今回の大阪高裁で10件連続になった。

 建材メーカーについても、今回の大阪高裁を含め、警告表示をしなかった責任が近年、認められるようになってきた。労働者の多くは様々な現場で多様な建材を使っており、病気の原因となった建材を特定するのは難しいため、裁判所は建材の製造期間や市場の占有率をもとに責任の割合を推定している。

 国は06年、石綿を使っていた兵庫県尼崎市の機械メーカー、クボタの旧工場で労働者や周辺住民の石綿被害が発覚したのを機に、被害者を救済する制度を作った。ただ、労災保険が受けられない人への福祉的な措置が中心で、金額も不十分だ。

 企業に雇われた労働者ではない「一人親方」をめぐっても、等しく賠償対象とする判断が高裁段階で続く。個人事業主として扱われ、労災法令の保護が及ばないこうした人にしっかり償うためにも、新たな補償制度が必要ではないか。

 公的な規制が遅れたために危険な建材が広まり、その除去や解体作業での飛散防止が今も課題になっている。その責任を国は自覚せねばならない。民間では、建材メーカーはもちろん、建設会社など建材を使用してきた企業の責任も問われる。

 石綿の健康被害は、国や企業がなすべき措置を怠ったことによる公害だ。裁判を起こした約700人の建設労働者のうち、7割がすでに他界した。「命あるうちの救済」を訴える患者らの声に向き合うべきだ。

こんなニュースも