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 客観的な証拠に目をつぶり、自白に過度に頼る。そんな捜査が冤罪(えんざい)を生み出したケースが、またひとつ積み重ねられた。

 熊本県の旧松橋(まつばせ)町で33年前に起きた殺人事件で、懲役13年の有罪判決を受けて服役した男性(85)の裁判をやり直すことが、最高裁で確定した。無罪になるのは確実とみられる。

 捜査段階で男性は、小刀に布きれを巻いて被害者を刺し、犯行後にそれを燃やしたと供述していた。ところが、その布きれと思われるものが検察に保管されているのを、再審請求の準備をしていた弁護団が見つけた。

 さらに「被害者の傷と小刀の形状は一致しない」という新たな法医学鑑定が弁護側から提出され、熊本地裁と福岡高裁は有罪の根拠がゆらいだと判断。最高裁もこれを支持した。

 都合の悪い証拠を隠していたのではないか。そんな疑いすら抱いてしまう。客観事実に反する自白が生み出された経緯とあわせ、警察、検察は徹底的に検証する責任がある。

 捜査当局が保有しながら当初の裁判には証拠提出されず、後に再審段階で無罪の決め手となる。そんな例が相次ぐ。

 裁判員裁判の導入などをきっかけに、証拠開示の制度はかなり整備された。だが新しいルールは再審には適用されず、「大切な証拠が埋もれてしまっているのではないか」との懸念は、いまも拭えない。

 松橋事件では、未提出の証拠を閲覧したいという弁護団の求めに検察がたまたま一部応じ、問題の布きれが見つかるという特異な展開をたどった。もし検察が違う対応をとっていたらと思うと、背筋が寒くなる。

 再審手続きにおいて、弁護側はどんな権利を行使でき、検察は義務を負うのか。裁判所はいかなる権限に基づいて審理を進めるのか。朝日新聞の社説は、法令や規則ではっきり定めるよう繰り返し訴えてきたが、この事件を通じてその必要性はますます確かなものになった。

 あわせて考えるべきは、検察官の不服申し立てのあり方だ。

 今回、地裁が再審開始を決めた段階で、有罪の構図は明らかに崩れたにもかかわらず、検察は高裁、さらに最高裁での逆転をねらった。地裁の判断が確定するまでに2年あまりを要し、やり直し裁判はこれからようやく始まる。正義にかなう行為とはとうてい思えない。

 冤罪は、人生を根底から狂わせる。それを晴らそうとする人の貴重な時間を奪い、二重三重に苦しめた責任を、検察は直視しなければならない。

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