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 明治維新150年を祝う式典が、あさって東京で開かれる。

 明治の精神に学び、更に飛躍する国へ――。政府がかかげるキャッチフレーズだ。

 いま「明治」に学ぶべきは何か。それは、しっかり議論すること。互いに尊重しあい、異見にも耳を傾け、考えを深める姿勢ではないだろうか。

 新しい時代を切り開こうと苦闘した先人の営みは、議論を避け、仲間内の言葉に酔い、独善がまかり通る「いま」に、警告を発しているように見える。

 例えば1873(明治6)年に、森有礼(ありのり)、福沢諭吉、西周(あまね)ら主に洋学を学んだ知識人が結成した「明六社」の活動だ。雑誌の発行と演説会の2本柱で、多彩な言論空間を作りだした。

 論争を真骨頂とした。

 議会をいつ開設すべきか。知識人は政府に入って協力する道と、在野を貫く道のどちらをゆくべきか。国語表記は平仮名がいいか、それともローマ字か。

 テーマは自由で、男女同権や保護貿易の是非も論じた。メンバーには儒学者もいた。急進的な改革論も、現実をふまえた漸進主義も誌面を飾り、多様性と寛容さがあった。

 政府の言論取り締まりによって活動は2年ほどで幕を下ろすが、福沢が唱えた「多事争論」の実践といえる。

 知識人ばかりではない。続いてわき起こった自由民権運動には階層を超えて多くの人が参加した。2千を超す結社ができ、演説会や勉強会に励んだ。

 政府が憲法の制定を約束すると草案作りに乗り出す。その一つで、明治100年にあたる1968年、現在の東京都あきる野市で見つかった「五日市憲法草案」は、国民の権利に力点を置く先進的な内容で知られる。興味深いのは、母体となった民権結社の一つの規約だ。

 議題には、意義が深く、簡単には理解しがたいものを選ぶとうたい、発言者の持ち時間や討論の進め方のルールを決め、冷静な態度を守るように呼びかけた。議論することへの、意欲と緊張感が伝わってくる。

 草案には近年あらためて関心と共感が寄せられ、この地を訪ねるツアーや勉強会への問い合わせが増えているという。

 もちろん時代の制約は避けられず、明六社の欧米偏重主義や民権運動をめぐる対立・混乱など批判されるべき点は多い。

 それでも、議論にかけた情熱には圧倒される。近代国家の始まりと発展という、耳に入りやすい成功物語よりも、地味だが熱い試行錯誤の跡からこそ、いま得るものは多い。

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