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 トランプ米大統領が20日、米ソ間で交わされた中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄を一方的に宣言した。ロシアや中国への対抗を理由に挙げるが、かつて深刻な軍拡競争への危機感から生まれた歯止めが失われることで、「核なき世界」の実現はさらに遠のく恐れがある。▼1面参照

 ■米、ミサイル開発明言 制約受けぬ中国を意識

 「我々は(INF全廃条約の)合意を尊重してきた。しかし、ロシアは尊重してこなかった。だから我々は合意を破棄し(条約から)離脱する」。トランプ氏は20日、選挙集会のために訪れた米ネバダ州で、記者団にこう語った。

 INF全廃条約は、1970年代にソ連が欧州に照準を合わせた新型の中距離弾道ミサイル「SS20」を配備し始めたことに端を発する。米国は対抗策として新型の地上発射式巡航ミサイルを欧州に配備し、両陣営の緊張が高まった。

 転機は85年、ゴルバチョフ書記長が就任したことで、米ソ間の交渉が加速。米ソ首脳は87年、中距離核戦力の全廃を決めた画期的な条約を結び、緊張緩和に大きな役割を果たした。

 しかし、米国は近年、ロシアの対応に不満を募らせていた。オバマ政権は2014年、ロシアが行った地上発射型の巡航ミサイル試験がINF全廃条約違反だと断定。オバマ大統領がプーチン大統領に書簡で違反を通達した経緯がある。

 トランプ氏は20日、「ロシアは長年、条約違反をしてきた。なぜオバマ大統領が交渉をしなかったのか、(条約から)離脱しなかったのか知らない」と述べ、オバマ政権時代からの課題であったことを強調した。

 トランプ政権がロシアに加え、強く意識しているのが軍事面でも台頭する中国の存在だ。

 INF全廃条約に加わっていない中国は制約を受けずミサイル開発を行えるのに、米国は条約に縛られ中国に対抗できないとして、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)らを中心に政権内で破棄を求める声が強まっていた。

 今回の条約破棄表明で、オバマ前大統領が掲げた「核なき世界」の実現はますます遠ざかる一方だ。

 トランプ政権は今年2月に発表した核政策の指針「核戦略見直し(NPR)」で新たな小型核兵器や、潜水艦などから発射できる核巡航ミサイルの開発を目指すと表明。トランプ氏は20日、INF全廃条約で禁止されてきた中距離ミサイルについて「我々は開発しなければいけない」と明言した。

 (ワシントン=園田耕司)

 ■ロシアは対抗措置か

 ロシアのリャプコフ外務次官は21日、タス通信に「大変危険だ。世界の安全保障と安定に協力し、軍縮のため働く国際社会の全メンバーから深刻な批判を受けるだろう」と述べた。

 31年前、INF全廃条約に署名した当時のソ連共産党書記長、ゴルバチョフ氏は21日、インタファクス通信に「ソ連と米国の指導部が注いだすべての努力を無にするものだ。何が起き得るか、米国は理解できないのか」と話した。

 米国がINF全廃条約違反だと指摘するのは巡航ミサイル「ノバトール9M729」だが、ロシアは条約が禁じる射程500~5500キロのミサイルにはあたらないと主張してきた。

 中国など条約に加わらない第三国が中距離核戦力を開発する可能性をめぐっては、07年にプーチン大統領が条約を多国間化する必要性を指摘した経過もある。

 ロシア上院国際問題委員会のコサチョフ委員長は21日、「米国が条約の改定を提案してきたことは一度もない」と、米国の一方的な破棄声明に反発した。

 求心力低下を防ぐため「強い大統領」を打ち出し続けるプーチン氏としては、米国が破棄すれば対抗措置を取らざるをえない。

 プーチン氏は18日に開かれた有識者会議で「我々は核能力が安全保障の土台となった世界に生きている」と、核大国としての地位を強調したばかり。3月の年次教書演説では、開発中の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や無人潜水艦など新型の核弾頭搭載型兵器の数々を紹介した。

 下院のスルツキー国際問題委員長は21日、ノーボスチ通信に「(トランプ氏の宣言は)世界を再び核軍拡の戸口に立たせることになる」と話した。

 ■中国困惑「一方的だ」

 中国政府は21日夕までに公式の反応を示していない。通商紛争に加え、軍事面でも抑え込みにかかるトランプ政権の動きを、指導部が重く受け止め、対応を慎重に検討している模様だ。

 中国は15年の軍事パレードで「グアムキラー」の異名を持つ射程4千キロの最新型中距離弾道ミサイル「DF(東風)26」などを披露。中距離弾道ミサイルの能力向上を誇示してきたが、中国に先制攻撃の意図はなく、敵の本土接近を防ぐための防衛目的だと説明してきた。

 中国外交筋は「我々が米大陸を攻めることも脅威になることもない。一方的にケンカを売られた状態だ」と戸惑う。

 国営新華社通信は「世界に核開発競争を引き起こす恐れがある」などとする論評記事を配信したが、自国への直接的な影響には触れなかった。

 (モスクワ=喜田尚、北京=冨名腰隆)

 ■<解説>競合する大国、敵視

 トランプ政権によるINF破棄表明は、「核なき世界」を目指したオバマ前政権からの方針転換にとどまらない。冷戦期再来のような軍拡競争の「歯止め」が利かなくなる恐れもある。

 87年に当時のレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が結んだINFは「冷戦終結のきっかけとなった極めて重要な条約」(黒澤満・大阪女学院大大学院教授)だ。米ロだけでなく、核搭載可能な中距離ミサイルを保有するインド、中国、イランをも巻き込んだ多国間条約に発展させようとの機運もあった。

 オバマ前政権はロシアのINF違反を批判しつつも、話し合いで妥協点を探ろうとしたが、トランプ政権は「核戦略見直し(NPR)」で、ロシアや中国といった競合する大国を敵視する方針に転じている。

 米ロは、戦略核弾頭や運搬手段の総数の上限を定めた新START(新戦略兵器削減条約)の期限(21年)延長交渉も控える。

 ロシア側は5年の延長に応じる姿勢だったが、米国がINF破棄を表明したことで態度を硬化させるのは必至で、先行きは見通せなくなった。

 (核と人類取材センター・田井中雅人)

 <訂正して、おわびします>

 ▼22日付総合2面の「核の歯止め失う恐れ」の記事で、1987年の条約締結時のゴルバチョフ氏の肩書が1カ所「ソ連大統領」とあるのは、「ソ連共産党書記長」の誤りでした。ゴルバチョフ氏がソ連大統領になったのは1990年でした。点検が足りませんでした。

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