[PR]

 原発で大事故が起きた際の損害賠償制度について、政府が抜本的な見直しを先送りしようとしている。保険で備える金額の引き上げなどを、原子力委員会の部会で検討してきたが、成案を得られなかった。電力や保険業界と調整がつかなかったためとみられる。

 検討のきっかけは、東京電力福島第一原発の事故だった。あれから8年近い時がたつのに、今の仕組みが抱えるさまざまな不備や欠陥は、さらに放置される。一方、政権と電力業界は原発の再稼働を進めている。無責任と言うほかない。

 今の制度は、原発を持つ電力会社に対し、賠償金をまかなうための民間保険と政府補償の契約を義務づけている。ただ、これで用意できる額は最大1200億円にすぎない。福島の事故の賠償額は8兆円を超えており、まったく不十分だ。

 東電のケースでは、自力で償えないことが明白だったため、政府が急場しのぎで別の支援制度をつくった。いったん国が賠償金を立て替え、数十年かけて東電と他の大手各社に負担金を払わせ回収する仕組みだ。

 事故と関係ない同業他社も賠償に巻き込む理屈は、「原発事業者の相互扶助」。政府は、別の大事故が起きた場合も、これで対処する構えだ。

 だが、小売り自由化の下、ライバル同士の助け合いは持続可能とは言いがたい。事故への備えや賠償負担を、電力会社や株主などの利害関係者、国との間でどう分かち合うか、重い宿題に答えを出さねばならない。

 原発を動かすのであれば、万一の時の対応を怠ることは許されない。まず保険で確保する額を大幅に引き上げるのが筋である。政府は引き続き、関係業界と具体策を検討すべきだ。

 事故を起こした電力会社の経営破綻(はたん)を想定した新制度も検討課題となる。その場合、株主や取引金融機関にも応分の負担を求めつつ、国が賠償で前面に立たざるを得ないだろう。

 電力大手の保険料負担が増えれば、電気料金にはね返るかもしれない。ただ、政府や業界が「安い」としてきた原発の経済性を再評価し、実態を見えやすくすることには意義がある。

 賠償問題の迷走の根底にあるのは、「国策民営」で進めてきた原子力政策のあいまいさだ。

 潜在的なリスクや社会全体のコストを直視したうえで、なお原発を使い続けるのか。事故が起きた場合、収束作業や被害回復の責任はだれがどう負うのか。賠償制度の見直しは、根源的な問いを投げかけている。

こんなニュースも