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 ■二松学舎大×朝日新聞

 グローバル時代に問われる「国語力」とは――。朝日新聞社が15大学と協力して展開するシンポジウム「朝日教育会議2018」第3回では、外国語の力以前に時代を生きる力として必要な「国語力」の大切さを考えた。会場は、国語・漢文の教育に定評のある二松学舎大学。大学の特別教授・夏目漱石(漱石アンドロイド)による漱石作品の朗読もあった。【東京都千代田区の同大学で、10月13日に開催】

 ■基調講演 漢字がわかれば日本語がわかる 明治大学文学部教授・斎藤孝さん

 日本語の力を高める上で重要なのは、漢字です。

 例えば太宰治の「走れメロス」の冒頭。「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を……」の「じゃちぼうぎゃく」。書き取れなくても、意味を推測できるのではないでしょうか。

 〈「じゃ」は正邪の「邪」。とすると「よこしまな王」あたりの意味か……〉

 これが漢字の力というものです。私たちは日本語を音そのままで聞いているようでいて、漢字に変換しながら聞いているのです。漢字がわかれば、「日本語がわかる」といってよいことにもなるのです。

 では「日本語がうまい」とはどういう意味でしょう。教養・文学的ではなく実用的な意味でです。私は「意味の含有率が高い話し方ができる」ことだと考えています。「意味の含有率」は一般的な言葉ではなく、私が自分で作り使っている概念です。「短い時間でてきぱき意味が伝わる」という意味です。そのためには漢字の熟語の使いこなしがポイントです。漢熟語を使えることは、効率的な言語コミュニケーションの基本でもあります。

 日本では先人が血のにじむような努力をして、中国の言葉である漢字を取り入れました。日本では江戸時代、寺子屋で漢文の素読をやっていました。今でいえば小学校に上がりたての子が論語を漢字のまま読んでいたわけです。さらに、返り点とか送り仮名とかアクロバティックな発明をして、漢文を日本語に取り込もうとしました。

 これは幸福な結婚だったのか不幸な結婚だったのか。答えは簡単。漢文がわかって面白いと感じられた人にとっては幸福。できない人には不幸で「漢字が憎い」となってしまいます。

 ですから日本語を練習する教科としての「国語」は大変重要なのです。国語ができるようになると、漢字を含めた日本語のトータルな姿が好きになれます。意思の疎通が細やかにできます。感覚が研ぎ澄まされます。思考も緻密(ちみつ)になります。自分の感覚や思考を的確に言葉にして表せます。それができるかできないかの訓練は、幼少期から始まっているのです。

 何を題材に日本語力を高めればいいのでしょう。

 まず漢文の素読。漢文は日本語の柱の一つです。今の人が漢文を読めなくなっているとしたら、言葉の柱を失っているといえます。

 もう一つは名文の音読。漱石を薦めます。漱石も漢文素読世代で、日本語がとてもうまいのです。

 さらには新聞の活用。新聞は漢字が多い。読んで要約を続ければ間違いなく日本語力が上がります。

 外国語を学ぶ上でも、まず日本語の水準を高めないとそれ以上には伸びません。日本語の限界は第2言語の限界です。他の言語を学ぶときにも、母語の能力が高ければ他の言語の知的な文章を理解する能力も高まっていくのです。

     *

 さいとう・たかし 明治大学文学部教授。1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒、同大学大学院教育学研究科などを経て現職。主な著書に「声に出して読みたい日本語」(草思社)、「読書力」「古典力」「新しい学力」(いずれも岩波新書)など。

 ■漱石アンドロイドが持つ可能性 「こころ」朗読、学生らが演出

 今回の教育会議では、二松学舎大学のアンドロイド、夏目漱石・特別教授が登場し、小説「こころ」の一節を朗読した。読み上げたのは、1914年7月27日に朝日新聞に掲載された「先生の遺書(九十五)」の場面。「お嬢さん」をめぐるKと先生の三角関係の葛藤が凝縮された場面だ。

 「私は丁度(ちょうど)他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。……私は彼の眼遣(めづかい)を参考にしたかったのですが……」

 朗読中、舞台のスクリーンには漱石自身が推敲(すいこう)を重ねた自筆原稿も映された。

 漱石は、1881年から約1年間、二松学舎大の前身の漢学塾に学んだ。同大は創立140周年の記念事業として、大阪大学の石黒浩教授と共同で、「漱石アンドロイド(人型ロボット)」を制作。声は、孫で漫画コラムニスト・学習院大教授の夏目房之介さんに依頼した。漱石が死去するまで在籍した朝日新聞社も制作に協力した。

 朗読の後、アンドロイドプロジェクトを担当する山口直孝教授(日本近代文学)が「小説と声」をテーマに解説した。どういう朗読を作っていくかは、演出も含めて学生たちが担当したという。山口教授は「小説とは通常、声を出さずに読んで登場人物や作者に共感するもの。今回のように作者・作品・語り手が同時に見える形にし、一つの場においてみんなで聞くことで、私たちが新たに気づかされることがあるのではないか」と指摘。国語への関心を高めてもらうための新しい可能性に触れた。

 ■パネルディスカッション

江藤茂博さん 二松学舎大学文学部長

袖川裕美さん 愛知県立大学外国語学部准教授

張佩茹さん 二松学舎大学文学部専任講師

荒井裕樹さん 二松学舎大学文学部専任講師

小久保欣哉さん 二松学舎大学国際政治経済学部准教授

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 パネルディスカッションでは、二松学舎大学の教授らが、教える立場、研究する立場から国語力の大切さについて議論した。(進行は一色清・朝日新聞社教育コーディネーター)

     ◇

 ――まずは「国漢の二松学舎」の文学部を代表し江藤学部長から。

 江藤 いわば生き抜くための「国語力とは何か」について、私たちは絶えず学生と向き合いながら考えてきた。今日は皆さんと対談しながら「国語力」を考えていきたい。

 ――「グローバル時代」がテーマなので、まずは外国語との関係から「国語力」を考えたい。広島の「オバマスピーチ」同時通訳者・袖川先生に。英語力が基本の仕事に、国語力はどれくらい必要だろうか。

 袖川 オバマ大統領(当時)の広島演説は、先ほどの斎藤孝さんの言葉を借りれば「意味の含有率」がとても高い演説だった。オバマ氏の言っていることに近い日本語を引き出せる力が自分にあるかどうか通訳が試された。日本語力がいかに大切かを改めて実感した。

 ――台湾から日本に来られた張先生に。母語の重要さをどう感じるか。

 張 日本で暮らして15年になる。すべての情報を日本語で受け取り、日本語で考えているつもりだが、実際にはそうもいかない。一つは自分が思考するとき。思考の根源的な言語は中国語だ。もう一つは自分の本当の気持ちを伝えるとき。日本語は婉曲(えんきょく)的で遠回りだが、私は素直に自分の考えを伝えることに慣れているので、気持ちを表現するときは中国語を使いたくなる。

 ――若者の国語力について。「若者の日本語力が低下している」と言われているわけだが、この点について、文章表現を学生に教えている荒井先生に。

 荒井 私は、本の書評を書かせる授業をしている。学生は「好き」か「嫌い」かはハッキリ言えるが、感情の細かなグラデーションをつけるのが得意ではない。張先生が先ほど「日本語は婉曲的で遠回り」と話したが、うまい具合に婉曲で遠回りな表現ができない。そこで、好き嫌いの間の細やかな表現を掘り下げる指導をしている。

 ――企業の採用担当者が若者に求める能力の1位はいつも「コミュニケーション能力」だ。経営コンサルタントの経験もある小久保先生はどうみる。

 小久保 コミュニケーション能力で大事なのは、決してプレゼンテーション力だけではない。人の話に耳を傾ける力、悩みを引き出す質問力、そしてその時に正しい言葉、相手に一番わかりやすい言葉はなんだろうと選択できる語彙(ごい)力だ。ビジネス上でも、コミュニケーション能力と国語力は切っても切れない。

 ――人工知能(AI)の研究から、大学に入る前の中高生に読解力が不足しているというデータが導き出されてきている。江藤先生はどう考えるか。

 江藤 読解力は、一つには創作する力だと私は考えている。読解力が落ちているのは、子供たちがゲームのような非常に単純な物語ばかりに出合って、コンピューターと同じようなパターンでの単純な認識を行ってしまっているのではないかと考えている。AIの時代といっても、人間はおのずと新たな領域、新しい物語を生み出して行くことだろうし、そうした豊かな読解力を次の世代が持つことができるように教育していかなければならない。

 ――では、国語力を磨くためにはどうしたらいいのか。

 袖川 ひとえに読書だと思う。さらには口頭での発表、発言。人の話を聞くこと。あと、漱石アンドロイドを初めて見たが、新しいやり方で導入するのは良いと思う。そうしたことを通じて、地味な印象の国語力が「おしゃれでカッコイイ」とイメージ転換するのでは。

 小久保 私も読書が大事だと思う。私は本をカテゴリーごとに読んで、自分の中で整理している。例えば「純文学をまとめて読む」「推理小説まとめ読み」といった形だ。これを自分の頭の中で整理しながら本を読むことで、国語力の向上につながっていると思う。

 ――最後に。日本語について伝えたいことを。

 荒井 社会・政治問題への怒りが社会で共有できていないという感覚がある。「喜びを分かち合う」「悲しみを分かち合う」はあるのに「怒りを分かち合う」という表現が日本語になく、怒りを共有する言葉も少ないという点とつながっていると思う。社会問題を、言葉を通じて喚起していくような敏感さを身につけていくことが大事だ。

 張 外国語の前にまず日本語の表現に敏感になって欲しい。言葉に向かい合いながら、自分の気持ち、自分の言いたいことに一番フィットし、的確に表現できる言葉を探すことが重要だと感じている。国語力というのは私たちの「足もと」のようなもの。足もとを固めることはグローバル時代に活躍する鍵の一つではないかと考える。

     *

 えとう・しげひろ 二松学舎大学文学部長。立教大学大学院文学研究科博士課程後期満期退学。博士(文学)。専門は文芸・映像・メディア論。主な著書に「時をかける少女たち」(彩流社)、「文章力をアップさせる80の技術」(すばる舎)など。

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 そでかわ・ひろみ 同時通訳者、愛知県立大学外国語学部准教授。東京外国語大学フランス語学科卒。ブリティッシュコロンビア大学大学院修士課程修了。NHK・BSなどで放送通訳や会議通訳。著書に「同時通訳はやめられない」(平凡社)など。

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 チャン・ペイルー 二松学舎大学文学部専任講師。東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。共著に「快楽学漢語・説漢語――初中級中国語会話」(早稲田大学アカデミックソリューション)。

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 あらい・ゆうき 二松学舎大学文学部専任講師。東京大学大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻博士課程修了。博士(文学)。専門は日本近現代文学、障害者文化論。主な著書に「差別されてる自覚はあるか」(現代書館)など。

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 こくぼ・きんや 二松学舎大学国際政治経済学部准教授。筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻博士後期課程修了。博士(経営学)。専門は経営戦略論、医療経済学。主な著書に「非連続イノベーションへの解」(白桃書房)など。

 ■英語力強化、その前に 会議を終えて

 「グローバル時代を生きるスキル」として、英語力強化の動きがさかんだ。「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測ろうとする大学入試改革の動きがその象徴だろう。

 しかし、そもそも私たちの「日本語4技能」は大丈夫なのだろうか。語彙(ごい)力や文章を読む力の低下を感じる場面が教育現場では増えているようだ。スマホの浸透による短文化などの影響を受け、若者たちの間では話し言葉をそのまま文章に使ったり、思いつきの単語だけで会話したりするケースも多く報告されている。

 今回の教育会議では、基調講演やパネル討論で「母語の能力以上に外国語の能力はつかない」「学校教育だけで『使える英語』は身につかない。日本語の学習こそが大切だ」という意見が出された。グローバル時代を生き抜くためにこそ、本当の「国語力」が必要なのだ。

 二松学舎大学は「高い国語力を持った若者の育成」を理念に掲げ、国語教員志望者のための特別コースを設けている。高い国語力を身につけた若者を学校現場に送り出すこと。これもグローバル人材の育成といえるのではないだろうか。

 <二松学舎大学> 1877年、漢学塾として東京・九段に創設。夏目漱石のほか、中江兆民、平塚雷鳥、犬養毅らも学んだ。文学部(国文学科、中国文学科、都市文化デザイン学科)と国際政治経済学部(国際政治経済学科、国際経営学科)を持つ。創立以来、「東洋の精神による人格の陶冶(とうや)」を建学の理念に掲げる。

 ■朝日教育会議

 国内外で直面する社会的課題への解決策を模索して広く発信することを目指し、15大学と朝日新聞社が協力して開催するシンポジウムです。12月まで、1大学1会議で開催します。各会議の概要と申し込みは特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2018/別ウインドウで開きます)から。

 共催大学は次の通り。

 青山学院大学、神奈川大学※、神田外語大学※、関東学院大学※、京都精華大学※、聖路加国際大学※、拓殖大学※、中央大学、東京工芸大学、東京女子大学、二松学舎大学※、法政大学、明治大学、明治学院大学※、早稲田大学(50音順。※がついた大学は、新聞本紙での詳報掲載は一部地域)

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