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 ■神田外語大×朝日新聞

 グローバル化が急速に進むなか、世界を舞台に活躍できる人材の育成が求められている。朝日新聞社が15大学と協力して展開するシンポジウム「朝日教育会議2018」の第4回は、海外に多くの若者を送り出してきた神田外語大学が企画。とかく「内向き」ともいわれる日本の若者が、世界に飛び出すために欠かせない「言葉の力」について考えた。【千葉市美浜区の同大学で、10月14日に開催】

 ■トークショー 米留学、仕事での「武器」ほしくて お笑い芸人・渡辺直美さん

 芸人になってから米国留学という異色の経歴を持つお笑い芸人・渡辺直美さん。海外に挑戦した理由をウェブメディア「BuzzFeed Japan」創刊編集長の古田大輔さんが聞いた。

 ――人気芸人だったのに、突然留学した理由は。

 渡辺 当時出ていたコント番組と「笑っていいとも!」が同時に終わったんですよ。そのとき、「やべ、これから独りで戦わなければならない」と思いました。そのためには一回立ち止まって、「武器」を手に入れる時間をつくりたいなと。

 ――留学先の学校はどうやって探しましたか。

 渡辺 全部ネットで調べました。「ニューヨーク」「学校」「いいところ」で検索みたいな。グループで習う形だとついてけないなと思い、マンツーマンでできるところに決めました。

 ――英語が「分かる」と思えたのはいつごろですか。

 渡辺 最初の1週間は地獄でした。1日4時間は先生としゃべり続けるけど、何を言っているか分かんない。でも2週間経ったら、「この単語は聞いたことある」というふうに、ちょっとずつ分かるようになって。そこからは今日教わった言い回しを、そのあと友達に使ってみたりとか。3カ月目ぐらいには、自分の思いをちょっとふざけて伝えたりとかできるようにはなってました。

 ――普段の生活でも英語は使っていましたか。

 渡辺 留学先では、芸人になって初めて私を知らない人たちの前でトークをしないといけなかったんですね。「日本で芸人やってます」と言っても、相手は「ああそうですか」みたいな感じ。そこで自己紹介のときに名前を言ったあと、「じつは昨日ね」って、つたない英語でエピソードトークをしたんです。みんなが笑って「さすが芸人だね」と言われて、やっと自己紹介が終わる。それを毎日やっていたんですよ。これが結構大きかったですね。

 ――最近は海外ブランドの仕事もされてますね。

 渡辺 留学中に友達になった人の友達が、GCDSというブランドのデザイナーだったんですよ。3年前に知り合ったときは、靴下しか作っていないブランドだったけど、いまではファッション誌のトップニュースを飾っている。お互い夢を語り合ってた人が、いまこうやって夢がかなっている。私もめちゃくちゃがんばろうと思ったし、もっともっと、みんなで夢を支え合ってかなえていきたいですね。

 ――最後に一言。

 渡辺 自分が思う道を走ってほしいなって思います。たぶん途中で足引っ張る人もいるだろうけど、自分がこうやりたいって思った気持ちを大事にしてほしい。失敗しても、違う新たな自分の道を見つけたというふうにポジティブに考えればいい。

     *

 わたなべ・なおみ 1987年生まれ、茨城県出身。ビヨンセのモノマネでブレーク。海外留学を経験し、ワールドツアーはチケットが即完売。インスタグラムのフォロワーは830万人を超えて日本一。

 ■トークセッション 不安やトラブルもいい経験 20代3人、後輩にエール

 トークセッションでは、神田外語大から世界へ飛び出した20代の学生、卒業生3人が体験を語った。

 平昌冬季五輪などで英語と韓国語の通訳ボランティアを経験した真壁ひとみさんは現在、同大4年。大学で英語を学ぶ傍ら、趣味で韓国語も身につけた。外語大を選んだ理由は「言語を通じて世界とつながりたかったから」。だが、授業に追われる生活に「自分はクラスという世界しか知らなかった」と感じたという。「外の世界を見てみたい」と2年の時、初めて通訳ボランティアに参加。世界への一歩を踏み出した。

 韓国の高校で日本語教員をしている大熨(おおのし)真由さんは、日本と海外の大学の両方で学位を取れるダブルディグリー制度を利用し、3、4年次は韓国の慶熙大で学んだ。日本語を教えるボランティアをしていた経験をいかして、韓国の高校で日本語を教えている。大熨さんは「海外に行く前は本当に不安ばかりだったが、何か問題が起これば周りにいる人が助けてくれる。一人で解決する力も身につくので、心配せず海外に挑戦してみてはいかが」と後輩たちにエールを送った。

 鈴木竜矢さんは在外公館派遣員制度の試験に合格し、ニカラグアの日本大使館で派遣員として3年間働いた経験を持つ。中南米の最貧国だけに、停電や断水が頻発。炊飯器を持って近所に水をもらいに行き、体を洗ったこともあったという。だが、「仕事でも生活でもすごくいい経験を積めた」と振り返った。

 ■パネルディスカッション

鈴木竜矢さん

高木耕さん 神田外語大学准教授

安田菜津紀さん フォトジャーナリスト

古田大輔さん BuzzFeed Japan創刊編集長

     ◇

 パネルディスカッションでは、世界に飛び出した経験を持つ4人が、海外で活動するうえで言葉が果たす役割について意見を交わした。(進行は古田大輔・創刊編集長)

     ◇

 古田 鈴木さんはトークセッションでニカラグアでの経験を話されましたが、スペイン語はどのように習得されたんですか。

 鈴木 高校が英語科だったのでクラスから6人、神田外語大を受けたんです。僕も一緒に受けたんですが、一人だけ落ちました。これは悔しかった。受かった人に勝とうと思い、まずは神田外語学院という姉妹校の専門学校に2年間通ってスペイン語を学び、神田外語大に編入しました。専門学校は積極的な学生が多く授業以外でもスペイン語を話すようにしてたので、伸びは速かったと思います。

 古田 数年、習得しただけでスペイン語を話せるようになるんですか。

 高木 教員の立場から言うと、日頃の授業でどれだけ一生懸命やるかよりは、将来的に自分が何をやりたいかという目的意識を持つことが大切です。目的意識があれば、おのずとしゃべる機会が増えます。語学の勉強は苦痛だと思う人もいますが、鈴木さんはどうでしたか。

 鈴木 僕は全然苦痛ではなかったです。楽しくて。きっかけは負けず嫌いでしたが、そのうち勉強することが好きになり、自分のレベルが上がっていくことに快感を覚えるようになりました。

 古田 安田さんは語学の習得はどうされましたか。

 安田 何をやりたいかによって言語の習得の仕方って違ってくると思うんですね。私は相手の生活を知りたい、という思いが強かったので、しゃべりながらカンボジア語を覚えました。特に子どもとしゃべりながら覚えたものですから、「子ども言葉」と言われるんです。日本語で「車」と言いたいのに「ブーブ」と言うように。そういうエラーをちょっとずつ修正しながら今はやっていますね。

 古田 語学を使って人とコミュニケーションすることによって、自分が学ぶことはすごく多いと思うんですよね。安田さんはほかの国に飛び込んでいって、自分の何かが変わったと感じていらっしゃいますか。

 安田 大学3、4年生のころ、シリアに通っていました。当時は治安が安定していましたが、中東っていうだけで怖かったんです。初めてシリアに行った時、ガイドブックを片手にオロオロしていると、「どこに行きたいんだ」と、町ゆく人たちが声をかけてくれて。でも怖いじゃないですか。身構えますよね。集まってきた人たちは「そこに行きたいんだったらバス停はあっちだ」と言って、バスに乗せてくれたんです。降りるときにバス代を払おうとしたら、運転手さんに「さっき君のことを見送ってくれた人がバス代を払ったよ」と言われました。本当に全力で人をもてなす国だったんですよ。なんとなく危ないところって勝手にイメージだけ膨らませていたけれど、知っている人が増えるごとに、イメージっていい意味で変わっていくんだなって思いました。

 古田 高木先生は?

 高木 国際協力の仕事をしていたとき、まだ日本人が行ったこともない村を訪問すると、何から手をつけていいかわからない。ところが、村人の方から「お前、何しに来たんだ」って寄ってきてくれて、そこから「こういうことを一緒にやろうか」という話ができる。国際協力は仲良くしていくなかで、初めて仕事ができるようになる。だから技術ありきじゃなくて、人対人。相手に認めてもらえるという点が、入り口としてはとても大切です。片言でもいいのであいさつをする。言葉が使えるということよりは、話をしようとする姿勢の方が大切じゃないかと思いました。

 古田 語学を学ぶうえでの工夫や、語学を学ぶ人へのアドバイスはありますか。

 鈴木 専門学校の1年生の時にスペインに3カ月留学しました。家から学校まで地下鉄で15分だったんですけど、地下鉄を使わずに毎日歩いたんです。行き1時間、帰り1時間。その途中に1日10人以上に話しかけると決めて、毎日続けました。

 安田 言語って一人で完結できるものではなく、相手ありきのことなんですよね。言葉をくださった方々、この経験や時間をくださった方々に対する敬意や感謝も、モチベーションになっていくのではないかと思います。

 古田 今日出演された方全員が「海外に行け」と言っていましたね。海外に行って学んで、人生が豊かになったという確信があるからこそだと思います。困難も失敗もあるでしょう。それでも得るものが大きい。ぜひ皆さんも挑戦してください。

     *

 すずき・りゅうや 1993年千葉県生まれ。在学中に外務省在外公館派遣員試験に合格し、ニカラグアへ。大使館での通訳・翻訳業務を主に、首相外遊時の応援出張や、現地小学校での日本文化を広める広報文化活動も行った。

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 たかぎ・こう 神田外語大学准教授。1994年、筑波大大学院地域研究研究科修士課程修了。国連平和維持活動(PKO)選挙監視員、外務省専門調査員、国際協力機構(JICA)長期派遣専門家などを経て、2001年に神田外語大学着任。

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 やすだ・なつき フォトジャーナリスト。1987年神奈川県生まれ。16歳のとき、NGO「国境なき子どもたち」友情のリポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、中東や日本国内などで貧困や災害の取材を進める。

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 ふるた・だいすけ BuzzFeed Japan創刊編集長。1977年生まれ、福岡県出身。2002年朝日新聞社入社。社会部、アジア総局(バンコク)、シンガポール支局長、デジタル版編集などを経て、15年に退社し現職。

 ■挑戦する若者、増やす取り組み 会議を終えて

 新興国の台頭で日本の国際競争力の低下が懸念されるなか、世界を舞台に活躍できるグローバル人材の育成が急務になっている。

 グローバル人材の育成に欠かせないのが、語学力の養成だ。大学まで10年間学んでも英語を話せない人は多い。文部科学省は2020年度からの「大学入学共通テスト」で、英語の「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測る民間試験を採り入れるなど、改革を加速する。だが、「入試英語」の改革だけでは不十分だ。

 今回の朝日教育会議では、海外へ飛び出すには、目的意識や一歩を踏み出す勇気が大切との指摘もあった。語学に加え、学生のチャレンジ精神をいかに育てていくかも課題だ。

 とかく「内向き」と言われがちな学生の目を海外に向けさせるには、大学の取り組みが欠かせない。18年2月の平昌五輪では、神田外語大など七つの外国語大でつくる全国外大連合が、学生ら約100人を通訳ボランティアなどとして派遣した。トークセッションに登壇した真壁ひとみさんもその一人だ。こうした取り組みの積み重ねが、世界に挑戦する若者を増やすことにつながるはずだ。

 <神田外語大学> 1987年、千葉・幕張に開学。成長めざましい環太平洋地域を重視し、英米語学科、アジア言語学科、イベロアメリカ言語学科、国際コミュニケーション学科の4学科を置く。それぞれの専攻言語に加え、全学科で英語も徹底的に習得。さらに文化やビジネスも学び、多様な国・地域に貢献できる人材を育成する。

 ■朝日教育会議

 国内外で直面する社会的課題への解決策を模索して広く発信することを目指し、15大学と朝日新聞社が協力して開催するシンポジウムです。12月まで、1大学1会議で開催します。各会議の概要と申し込みは特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2018/別ウインドウで開きます)から。

 共催大学は次の通り。

 青山学院大学、神奈川大学※、神田外語大学※、関東学院大学※、京都精華大学※、聖路加国際大学※、拓殖大学※、中央大学、東京工芸大学、東京女子大学、二松学舎大学※、法政大学、明治学院大学※、明治大学、早稲田大学(50音順。※がついた大学は、新聞本紙での詳報掲載は一部地域)