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 福島第一原発事故をめぐる刑事裁判は、来週にも証拠調べを終え、最終段階の論告と弁論に進む見通しだ。先月には、検察審査会の議決によって強制起訴された、当時の東京電力幹部3人の被告人質問があった。

 浮かび上がったのは、巨大津波が襲来する可能性を指摘されながら、誰一人として責任感をもって向きあわず、結果として悲惨な事態を招いた旧経営陣の信じがたい姿だ。

 検察官役の弁護士の主張はこうだ。政府機関の指摘や東電自身による計算で津波は予測できた。3人にも報告があり、対策を進めることがいったんは了承された。だが被告らの判断で先送りとなった――。

 裁判では、これに沿う東電社員の供述調書や資料が明らかになった。対策を進めようとした矢先に「先送り」を指示されて「力が抜けた」と、3人の目の前で証言した社員もいた。

 だが被告らは真っ向から否定した。現場に最も近い立場にいた武藤栄・元副社長は「先送りする権限は私にはなかった」と述べ、経営トップだった勝俣恒久元会長は、津波対策について報告はなく「関心を持たなかった」と言い切った。

 刑事手続きで自らの不利になることは話さなくていい。憲法も保障する権利だ。それでも、連ねられた否定の言葉の中には思わず耳を疑うものがある。

 たとえば、3人が出席したある会議では、目次に津波対策と明記した資料が配られていた。だが3人とも目にした記憶はないという。津波について部下が自分にあてて送ったメールの写しを示された武藤元副社長は、「読んでいない。(そういうメールがあると聞き)事故後に探したが、なかった」と答えた。

 これらがすべて真実なら、何よりも安全に鋭敏であるべき原発の運転者として、無責任かつ無能のそしりを免れまい。

 事故に関しては、東電だけでなく政府や国会の調査委員会も報告書をまとめている。だが、組織総体として津波の危険性を見過ごしてしまった原因など、踏み込み不足の面も少なくない。その解明につながる可能性のある資料や証言が、検察の捜査と強制起訴によって明らかになった意義は大きい。

 3人が問われている業務上過失致死傷の罪が成立するか否かは、裁判所の判断にゆだねられる。だが刑事責任の追及とは別に、判明した新たな事実関係を踏まえ、事故の全体像に改めて迫る取り組みが不可欠だ。

 未曽有の被害を前に、「無責任」の上塗りは許されない。

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