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 スポーツ界で不祥事があいつぐ。何より力を入れて取り組むべきは、暴言や脅迫を含む暴力的な指導が依然はびこり、しかもそれを当然視するような体質の改善だ。

 5年前に日本オリンピック委員会(JOC)や全国高校体育連盟など5団体が、連名で「暴力行為根絶」を宣言した。だが実現ははるかに遠い。

 今年夏には、体操女子の五輪出場選手に対し、男性コーチが手をあげる衝撃的な映像がテレビなどに流れた。コーチは処分されたが、当の女子選手が「私は被害を訴えていない」と言ってかばったことが、問題の深刻さをあらわしている。

 指導者が、競技力アップや士気の高揚などを理由に暴力をふるう。選手や保護者は、それを熱意や愛情の証しとして受け入れる。選手が好成績をおさめれば、成功体験として互いの記憶に刻まれ、「次」に引き継がれる――。これでは暴力がなくならないのは当たり前だ。

 スポーツ科学を学び、人格を尊重し、論理的に指導するコーチは大勢いるし、数も増えている。旧態依然のやり方で選手を支配するあしき慣習とは、速やかに決別しなければならない。

 そのためにはすそ野からの意識改革が必要だ。具体的には、スポーツを本格的に始める時期にあたり、指導がより一方的になりやすい中学・高校の部活動からの見直しである。

 ちょうど教員の負担を減らすために、学外から指導員を招く施策が進んでいる。競技を教える人だけでなく、部活全体のあり方を支援し、現場と校長ら管理職をつなぐコーディネーター役を果たせる人材の登用を、前向きに検討してもいいだろう。

 意識とあわせて、制度面の整備や充実も求められる。

 一連の不祥事では、大学、競技団体を問わず、選手の相談窓口や異議を申し立てた選手を守る仕組みが、十全に機能していないことが浮き彫りになった。これをどうやって整えていくか知恵を絞る必要がある。

 小規模な競技団体が個々に運営するのは難しいし、各団体の幹部らが集まるJOCや日本スポーツ協会の傘下では、利益が相反する例もでてくるだろう。

 スポーツ界には、薬物対策にあたるアンチ・ドーピング機構や、もめ事全般に決着をつける仲裁機構がある。スポーツ庁を中心に、これらの経験を参考にしながら、独立した立場で公平な調査や裁定を担う仕組みを考えてはどうだろう。

 一人ひとりの人権が尊重されてこそ、スポーツの花は開く。

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