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 ■関東学院大×朝日新聞

 自然災害との関係は日本列島で暮らす上で避けて通れない。「不安」「恐れ」「試練」といった負のイメージが浮かぶ災害対策や復興事業だが、未来に向けて前向きな発想で考えることはできないだろうか。「防災・減災・復興学」の専門研究所を設立した関東学院大学が教育会議を企画。災害に関連する研究分野の融合を試みる立場から「災害と復興のパラダイム転換」と題して議論した。【横浜市西区のパシフィコ横浜で10月27日に開催】

 ■基調講演 復興に必要なのは想像力 衆議院議員・小泉進次郎さん

 今日は、東日本大震災の被災地を訪ねた経験を通して私が学んだ「復興」のあり方についてお話しします。

 東日本大震災の約2週間後、私は初めて被災地を訪れました。入ったのは岩手県大船渡市。とある避難所で、お孫さんを亡くし家も流されたという男性と話す機会がありました。その男性が私に語りかけた言葉が、衝撃的でした。

 「私はすべてを失いました。でも今は世界中の人たちが私たちを支援してくれます。普段はいがみあっている国も、です。この災害が世界平和につながるなら『災い転じて福となす』ですね」

 大切なものを失った被災者の方が世界平和を口にし、「災い転じて福となす」という。まさに想定外の言葉でした。

 私は男性のことが忘れられなくなりました。もう一度会いたいと思ってつてをたどるうち、自力で家を再建していたことが判明。会いに行きました。

 お孫さんの位牌(いはい)がある仏壇に線香を上げ、男性や家族と話しました。その席で男性は、また意外な言葉を口にしました。

 「私の復興は、もうかないました」

 どういうこと? 男性の娘さんに真意を尋ねました。

 説明によると、男性はあるとき、お孫さんのお骨をリュックに入れて単身京都に行き、お寺で供養をしてもらって帰ってきたそうです。そして新しく建てた家の湯船につかり、こう言ったそうです。

 「ああ……、復興だ」

 話を聞いて涙が出ました。しかし同時に、こうも思いました。

 「復興を語ることはこんなにも難しいことなのか」

 政治家も復興を語りますが、その内容はインフラの再建、産業の再開……。限界があります。

 では本当の復興とは何か。仮にそれを「心の」復興と名づけるとすれば、私たちはどうやって寄り添えばよいのでしょうか。

 私は、想像するしかないと思います。もしかしたら究極的には本人にしか分からないものかもしれない。それでも想像してみる。復興に必要なのは「想像力」なのだと思います。

 近年、想定外とあきらめたくなるような災害が頻繁に起きています。残念ながら、災害で失われる命はこれからもあるだろうし、ダメージを受ける地域も発生するでしょう。そのとき私たちに求められるのは、決してあきらめない強い気持ち、犠牲を無駄にしないという意志だと思います。災害に対し、限りない想像力を働かせ続けていかなければなりません。それができるかどうかが、男性が言った「災い転じて福となす」にもつながっていくのだと思います。私は日本を、想像力をもって、それができる国にしていきたいと考えています。

     *

 こいずみ・しんじろう 1981年、神奈川県横須賀市生まれ。関東学院大、米コロンビア大学大学院を経て、父・小泉純一郎元総理の秘書に。2009年の衆院選で初当選し4期目。現在は自民党厚生労働部会長。

 ■課題解決へ「防災・減災・復興」融合 研究所設立

 今回の教育会議を企画した関東学院大学は、防災・減災・復興を一つの「学」としてとらえ、研究者同士が連携して研究・啓発活動を展開している。

 2011年の東日本大震災発生直後から同大学では、災害に関わる各分野の共同研究、地方自治体や企業との連携を進めた。もともと11の学部を持つ総合大学であり、「工学」「人文科学」「社会科学」「理学」「栄養・看護学」の各領域を単一の大学で研究できる強みを最大限に生かそうとした。そして昨年12月、既存の学問領域を超えた研究を進める活動拠点としての「防災・減災・復興学研究所」を設立した。

 現在の所員は28人。専用ホームページを設け、様々なシンポジウム、講演会を実施。将来的には大学の教育プログラムに盛り込んで、「命を守り希望をつなぐ」役割を果たす若者の育成にも力を入れるという。

 所長を務める規矩大義学長の専攻は地盤防災工学で、「地盤の液状化」を専門に研究。教育会議のプレゼンテーションで、「大地震が起こるたびに顕在化する課題の解決に向け、今までは各分野の研究者たちが個別に努力してきたが、それは決して効率的ではない。融合させることによってより多くの命を守り、より明るい未来につなげていきたい」と解説した。

 ■パネル討論

規矩大義さん 関東学院大学学長

鈴木正さん 関東学院常務理事

中谷内一也さん 同志社大学心理学部教授

畑中章宏さん 民俗学者

     ◇

 基調講演、プレゼンテーションに続き「マニュアルなき時代の災害対応とは」と題したパネル討論を行った。防災工学、地方自治、心理学、民俗学の専門家が一堂に会し、分野別に解説をした後に討論した。(進行は黒沢大陸・朝日新聞社大阪科学医療部長)

     ◇

 ――まずは関東学院大学学長の規矩さんから。

 規矩 今日は、防災行政に関わった元自治体職員がパネリストとして参加している。横須賀市職員だった鈴木正さん。行政の実務家に率直に聞ける機会はなかなかないので、まずは鈴木さんに、かつての体験や思いを聞いてその上で議論を展開したい。

 鈴木 私が入庁した1974年、市内で大きな豪雨災害が起きた。約1600カ所でがけ崩れが起き、職員もたくさん被災した。指揮系統はズタズタ。対応もバタバタだった。実はそれ以来、市内では大災害が起きていない。市民や職員の意識が向上して対策が進んではいるが、いま同規模の災害が起きたら現実にどれだけサービスができるかどうか。課題だ。

 ――実体験をふまえた不安と課題提起だった。これについて何か意見を。

 中谷内 防災の日の避難訓練では、指揮系統がしっかりしている前提で「市民をしっかり守ります」と自治体の首長がアピールする。しかし大災害で「自治体だけは大丈夫」はありえない。そのリスクは今も変わらない

 規矩 私は民間企業に勤めた経験があるが、企業も同じようなものだ。企業の災害計画を見ると「地震が起きたら適切に対応し、数日後には営業再開」というものが多いが、現実は全部バラバラになる。その中で社員が生き延びるための対策が必要だ。

 中谷内 過去に災害を経験すれば「脅威の認識」は高まると言われる。一方で、前の大災害を生き延びたということが「成功体験」になって、次の災害で裏目に出ることもある。これは意外にやっかいだ。地震や台風で度々ひどい目に遭っているから日本は災害に敏感かというと、決してそうも言えない。

 畑中 歴史的な視点でみても、現代人が災害への切実さが足りないのは疑いようがない。昔の、例えば近世社会に生きた人は現代人よりも災害を痛切に感じていたと思う。第1次産業従事者が多かった昔は、水田が使えなくなるとか港が使えなくなるとか、災害で地域全体が迷惑を被ることが起きた。今は「自分の命」「自分の家」が先に立ってしまう。

 規矩 行政が「どんなことがあっても市民の皆様の命を守ります」と言い続けてきたという側面もある。しかし現状を見る限りそれはありえない。どこが技術の限界点で、どこが防衛の限界点なのか話したほうがよい。その上で、限界を超えたときに自力で何ができるかを考えるよう住民も成長しなければならない。

 中谷内 災害が起きたときにその場で適切な判断ができるかどうかは「その場」を事前にどう想定するかによる。「避難勧告が出たらこうしよう」と決めていた人は動ける。「緊急地震速報が鳴ったらこうしよう」と決めていた人が動ける。当たり前の話だが、これが防災心理学の研究結果だ。先ほど出ていたように、大災害が起きたら行政には頼れないと意識し、動ける市民が増えて欲しい。

 ――本日のもう一つのテーマでもある「復興」について話したい。災害の教訓を、復興と未来の防災にいかに結びつけるか。

 畑中 過去の成功体験、悲劇的体験も含め、地域ごとに「災害文化」がある。「防災文化」も災害文化の中から生まれてくると思う。歴史の継承は、失敗も隠さず伝承していくことだ。例えば災害にちなんだ地名には縁起の悪い地名もあるが、これらも郷土の歴史として子供にも教えていく姿勢が必要だ。

 規矩 今の話を聞いて、本来の「復興」とは時間をかけてゆっくりと行われるものではないかと感じた。今は、災害後すぐに元通りにしなければいけない雰囲気がある。地域の歴史を無視した「理想型」が先にある。住民にとって幸せな街づくりなのか。

 ――津波で浸水した地域は、巨大な防潮堤を造るのか集団で高台移転するのか議論になり、結果的に高台に移転している。しかし長い時間の中で、また海辺に下りた生活になっていく。

 畑中 伝承は簡単ではない。しかし被災地には「てんでんこ」という古くからの言い伝えがあり、津波が来たときの高台避難は実際にかなり行われた。一方で、高齢者に配慮して高台避難の訓練をやめた地域で、逃げた避難場所を津波が襲ったという痛ましい出来事もあった。これを負の歴史として隠すのではなく「もう一度直面するかもしれない未来への備え」として受け止め、継承していくのが大切だと思う。

 中谷内 震災のとき最後までアナウンスし続け、津波に流されて亡くなった女性がいた。英雄的行動として高く評価されている。行政として「美談」で継承していいのか。

 鈴木 もちろん教訓として受け止めるべきで「職に殉じて命を失う」ことはあってはならない。最近は避難勧告も早めに出すようになっているし、スマホの活用も進んでいる。私たちの意識、技術開発も含めて新しい道を進まなければいけない。行政だけではない。生きる者みんなの責任だと思う。

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 きく・ひろよし 1963年生まれ。九州工業大学大学院工学研究科修了。横浜国立大、佐藤工業を経て2002年に関東学院大学に着任。専門は地震時の液状化現象の研究。13年、学長に就任。

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 すずき・ただし 1949年生まれ。横須賀市職員として都市部長など歴任。現在は関東学院大学同窓会長及び学院常務理事を務める。

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 なかやち・かずや 1962年生まれ。同志社大学大学院文学研究科心理学専攻修了。人々の直感的なリスクのとらえ方を研究。訳書に「ダチョウのパラドックス 災害リスクの心理学」など。

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 はたなか・あきひろ 1962年生まれ。平凡社の編集者として『月刊太陽』に所属。2001年に退社して以来、研究活動をしている。災害民俗学の専門家。

 ■住民に近い多様な視点、期待 会議を終えて

 防災や復興に尽くすことは正論だ。それだけに、「命を助ける」「一日も早い復興」「想定外を防ぐ」といった美辞とともに施策が提示されると、異論を唱えにくい。思考停止の末、本質的に重要なことが見過ごされ、社会が大きな問題を抱えることにならないか。善意であっても、利権が絡んでも、そんな危険性はぬぐえない。

 行政や専門家の見込み違いは、東日本大震災でも露呈した。災害時に行政ができることも、備えや復興のための技術や費用にも限界がある。それに我々はどう臨めばいいのか。今回の教育会議では、工学、行政、心理学、民俗学の専門家が、異なった知見からの意見を交わすことで、その道筋を探った。

 基調講演でもパネルディスカッションでもキーワードの一つとなった「想像力」。常識や前例、過去の体験にとらわれない「気づき」や、住民が積極的に知ろうとすることの大切さが実感できた。

 災害対策は、素早く施策を展開しやすい定型的な形になり、影響を受ける住民の視点が置き去りにされがちだ。これからの災害研究では、従来の重用されてきた学問分野ばかりでなく、住民に近く、多様な視点の研究者からの強い発信力に期待したい。(黒沢大陸)

 <関東学院大学> 米宣教師が横浜市内で1884年創立した神学校を起源とする。1949年に新制大学として発足。11学部5研究科を持ち、横浜市金沢区と小田原市にあるキャンパス3カ所で約1万2千人の学生が学ぶ。特許権の実施件数(2016年度)886件は日本の私立大学1位(全国3位)。校訓は「人になれ 奉仕せよ」。

 ■朝日教育会議

 国内外で直面する社会的課題への解決策を模索して広く発信することを目指し、15大学と朝日新聞社が協力して開催するシンポジウムです。12月まで、1大学1会議で開催します。各会議の概要と申し込みは特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2018/別ウインドウで開きます)から。

 共催大学は次の通り。

 青山学院大学、神奈川大学※、神田外語大学※、関東学院大学※、京都精華大学※、聖路加国際大学※、拓殖大学※、中央大学、東京工芸大学、東京女子大学、二松学舎大学※、法政大学、明治学院大学※、明治大学、早稲田大学(50音順。※がついた大学は、新聞本紙での詳報掲載は一部地域)

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