(社説)米国とサウジ 実利優先の醜い外交
米国の利益のためなら、野蛮な殺人を許す国とも仲良くする。トランプ大統領が鮮明にした外交は、これからの国際秩序に陰惨な影を落とすだろう。
サウジアラビア人記者がトルコで暗殺された事件をめぐり、トランプ氏が声明を出した。絶対君主制を敷くサウジ指導部の関与を、米政府がどう認定するかが注目されていた。
声明は冒頭で大統領の視点を明示している。「米国第一! 世界は危険な場所である!」
その危険さを代表する国は他にあり、サウジは米国と共に闘っている。武器購入などで巨額のカネを注いでくれる――だから、この「偉大な同盟国」との関係を維持するとしている。
事件の真相究明を棚上げし、サウジ指導部の責任には目をつぶるというに等しい。重要なのは米国経済の利益と雇用である、と強調した。
外交に本音と建前はつきものだが、米国がここまで本音に徹したのは異例だろう。これまで米国が世界の旗手を自任してきた基本的人権や法の支配の尊重といった普遍的な原則を、かなぐり捨てたのである。
もともと米国とサウジの関係は、「石油と安全保障の交換」と呼ばれてきた。屈指の産油国サウジが石油市場の安定を守る代わりに、米国が安全を保証する。互いの実利にもとづく長年の関係である。
一方でサウジには、言論や政治の自由はない。今回の事件も、サウジの体制を批判してきたジャマル・カショギ記者への懲罰だったとみられている。
相手国がモラルの一線を越えても米国は実利を優先する。その露骨な方針を示した意味は大きい。ロシアや中国、北朝鮮など自由と人権を制限する他の国とでも、取引次第で弾圧を黙認する可能性を示唆している。
米外交の失墜を防ぐには、連邦議会が責任を果たすしかあるまい。二転三転するサウジ政府の説明に対しては、珍しく与野党が一致して批判している。外交倫理のたがを取り戻すよう、議会の権限でサウジへの強い制裁措置を検討すべきだ。
事実上の実権をもち、事件の黒幕として疑われているムハンマド皇太子は、30日からアルゼンチンで開かれるG20首脳会議に出席するという。国際社会はこの場で、抗議の意思を明確にすべきではないか。
自国第一主義のはてに、事件のうやむやな幕引きを図ることは許されない。米国の指導力の後退のなかで、自由と人権の価値を守る責務は国際社会全体で担うしかない。
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