[PR]

 匿名の第三者から精子提供を受ける人工授精(AID)が曲がり角に差しかかっている。最も多くを手がける慶応大学病院が、この夏から新規患者の受け入れを中止しているのだ。

 提供時の同意文書に「生まれた子が提供者に関する情報開示を病院に求めた場合、応じる可能性がある」旨を明記したところ、新たな提供者が確保できなくなった。今いる患者への治療は凍結精子が枯渇しない限り続けるが、このままではいずれ立ちゆかなくなるという。

 同意文書の改定は、子の「出自を知る権利」を尊重した措置であり、評価されてしかるべきだ。一方で、慶大病院の悩みは、日本産科婦人科学会に登録された約10ある他のAID実施施設にもあてはまる。

 これらが縮小や撤退の道をたどれば、子どもがほしい人たちが、海外の精子バンクやネットを介した精子のやり取りに流れる事態が想定される。AIDの実態把握は難しくなり、トラブルが起きるおそれもある。

 どう対応するべきか。学術界や医療界が中心になって改めて議論をおこし、社会の共通理解をつくりあげる必要がある。

 AIDは国内で70年の歴史があり、1万人以上が生まれている。倫理面などの手当ては遅れていたが、同学会が97年に営利目的のあっせんを禁止する見解を公表。03年には厚生労働省の審議会の部会が、生殖医療全体を対象とする法整備の必要を説く報告書をまとめた。

 だが動きはそこで止まってしまい、学会見解も、提供者についてはプライバシー保護の観点から匿名とし、記録の長期保存を求めるにとどまっている。

 長年のたなざらしのツケが、今回の慶大病院の動きとなってあらわれたといえよう。事実を隠されて生きてきた子の苦悩や心身の不調に、これ以上目をつぶることは許されない。

 出自を知る権利を認めつつ、精子提供者を確保することはできるか。諸外国はいかなる対応をしていて、どんな成果と問題があるのか。AIDで生まれた当事者の声も聞いて、合意づくりをめざしてもらいたい。

 注意すべきは、03年報告書も既に時代遅れになりつつあることだ。たとえば報告書は治療対象を法律上の夫婦に限っているが、LGBTに対する認識の深化を踏まえれば、同性カップルへの対応など、幅広い観点からの検討が求められよう。

 議論の際に忘れてならないものがある。それは、あくまでも生まれてくる子の立場に立って考える、という大原則である。

こんなニュースも