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 ■神奈川大×朝日新聞

 グローバル社会では、外国の文化への理解と同時に、自国の文化をいかに発信していくかが求められる。朝日新聞社が15大学と企画する連続シンポジウム「朝日教育会議2018」の第8回は神奈川大学。「国際日本学部」を新設する構想を持つ同大学が掲げたテーマは「世界へ発信する日本の魅力」。文化発信に焦点を当てて議論した。

 【東京・丸の内、サピアホールで11月11日に開催】

 ■基調講演 心整える作法や所作、広めたい 書道家・武田双雲さん

 あるテレビ番組で、書道ロボットを見たとき、「とうとうライバルが現れたか」と思いました。ロボットの手には筆が刺さっていて、僕がその筆を持ち、すずりの墨をつけ、字を書くんです。そしてロボットの再生ボタンを押すと、驚くべきことにまったく同じ動きをする。僕の書いた字とそっくりなんですよ。「どっちが双雲さんの書でしょう」と聞かれましたが、恥ずかしながら分かりませんでした。人工知能(AI)はどんどん学習して、僕よりも先に成長してしまう。恐ろしいことになったと思いました。

 書道界全体を見ても、いまピンチ中のピンチと言えます。墨をつくる職人さんがわずかしかいない。年賀状を書かなくなり、LINEの「おめでとうスタンプ」だけで済ませる人が増えた。日本では義務教育で書道の時間がありますが、そこに最近はダンスなどの西洋文化が入りこんできている。書道はもうあと一吹きで落ちかねません。僕は国際的なことをやるのが国際化ではないと思いますが。

 一方、ポジティブな事柄もあります。いまでも書道は「子どもに習わせたい習いごと」の上位に入っています。アップルは筆圧を感知する機能をつけたペンを発売した。デジタルですが、毛筆感を出せます。ITの最先端の技術者が出した結果がペンだったというのは、手書き推奨派としては最高のニュースです。

 年賀状は下手でも手書きだと、うれしいじゃないですか。「肉筆」というほどで、苦みや酸味、雑味がある。デジタルの世界に生きる僕らはそれらに飢えています。

 僕の母親は書道の先生で、厳しかった。たとえば平仮名の「た」。僕は本名が武田大智なので「た」が三つもつく。何度も書き直されましたから、小学1年生になるころには「た」のプロでした。

 小学校では担任の先生の「た」に衝撃を受けました。母の「た」はモデル風で、先生の「た」は松田聖子ちゃん風。僕は夢中で友達や先生の書く「た」を見て回った。そこで気づいたんです。「同じ『た』はひとつもない」。これが僕の原点になりました。

 僕は書道をするときには、自律神経が整うような気がします。筆を持った瞬間にエネルギーが入ってきて、テレビでも人前でも一番いい形で表現が出来る。「気」が合っているんですね。「心を整える」とも言います。脳学者は「脳波」とも。基本的に全部同じことだと思うんですね。

 心を整えるのは大変難しい。海外でも「落ち着き」を苦手とする人は多い。でも日本文化はそのための方法を持っています。「作法」や「所作」がそれです。若いころは作法や所作は「うざい」としか思わなかったが、いまは日本文化の型としてとても重要だとわかってきた。これを僕は世界に広めたい。

 作法や所作は普段の生活でも大切です。日常生活に自分なりの作法を採り入れる。人が勝手に決めた価値に振り回されず、先に作法、心を決めて「機嫌良く」見るんです。自分が機嫌よくなる所作をやっていくことで、感動的な世界が広がります。皆さんもぜひ実践してみてください。

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 たけだ・そううん NHK大河ドラマ「天地人」や世界遺産「平泉」などの題字やロゴを手掛ける。2013年文化庁文化交流使としてベトナムに派遣される。国内外で講演や個展開催など幅広く活躍中。

 ■地域への学びも深めながら 「国際日本学部」新設を構想

 神奈川大学は2020年度、世界に日本文化を発信する「国際日本学部」を新設する構想を持つ。今回の会議では、この新学部の理念も披露された。兼子良夫学長は「対立と分断、憎悪と不寛容が錯綜(さくそう)する国際社会の中で、日本文化の基底にある寛容な心、共生の文化を発信していきたい」と意気込みを語った。

 「国際日本学部」を設置する動きは他大学でもある。一見相異なる「国際」と「日本」を冠した学部だが、新学部で多文化共生を教える予定の熊谷謙介・同大外国語学部教授は「日本はアジアも西洋も採り入れつつ文化を成立させてきた。そのダイナミズムを見ようというのが根本の理念」と説明した。

 国際日本学部には国際文化交流、日本文化、歴史民俗の3学科を置く。ユニークなのは歴史民俗学科だ。母体の一つに同大学に付置されている「日本常民文化研究所」がある。同研究所は1921年、実業家で民俗学者の渋沢敬三が創設した「アチック・ミューゼアム」が前身。「常民」とは「ふつうの人々」のことで、貴族や武士ではなく日本社会を形づくる市井の人に焦点を当て、民具や古文書の収集・整理など、「常民」社会の多様な領域を対象とする。熊谷教授は「地域について学びを深める『根』と、世界を目指す『羽』の両方を培う場でありたい」と話した。

 ■パネルディスカッション

 クリスチャン・ラットクリフさん 神奈川大学外国語学部准教授

 鈴木幸子さん 神奈川大学外国語学部准教授

 松本和也さん 神奈川大学外国語学部教授

 帆足亜紀さん 横浜トリエンナーレ組織委員会事務局プロジェクト・マネージャー

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 パネルディスカッションでは、日本文学や美術、観光の専門家4人が登壇。海外に日本文化を発信するうえでの課題や異文化間の相互理解について討論した(進行は井原圭子・朝日新聞社教育コーディネーター)。

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 ――世界ではグローバル化の弊害を訴え、「自国中心主義」を抱える政権が次々と出てきている。お互いの文化を理解し尊重し合って豊かな国際社会を築くにはどうすれば良いかを今日は考えたい。まずは海外から日本文化はどう見えているか。

 ラットクリフ 最近、テレビで見る日本の文化発信には不安を覚える。自分の文化を発信するのなら、事前に相手の文化をある程度知っておく義務がある。発信する内容も、相手がどう受け止めるか把握する必要がある。そうでないと、誤解を呼ぶおそれがある。例えば「源氏物語」。18歳の光源氏が父の再婚相手と付き合い、さらにはその女性にそっくりの少女を自分のもとに引き入れる。海外の学生の多くが読めば違和感を覚えると思う。

 松本 源氏物語に限らず、言語や文化、宗教が異なると、ずいぶんと違って見えるというのは大事なポイントだ。時代によっても受け止め方は異なるだろう。「源氏物語」の例は多くの示唆を与えていると思う。

 帆足 翻訳の問題もある。日本語をただ英語に置き換えるのではなく、相手方の文脈に合わせ、いかに理解してもらうかが大切だ。ただ、うまく翻訳し過ぎると違和感がなくなってしまう。海外から見た違和感を残しながら、文化的背景というものを掘り下げていくことが肝要だ。

 鈴木 豪州で約18年、日本語教員をしてきた経験からすると、言語を教えるのは、文化を教えることでもある。人生経験の少ない若者に難しい外国文学を教えるには、相手がどう捉えるかをまず教員が理解した上で説明すべきだと痛感している。

 ――日本文化は海外に発信されるだけでなく、近年は大勢の観光客が日本に来て、日本文化を楽しんでいる。一方で摩擦も起きている。

 鈴木 2年ほど前から、「オーバーツーリズム」という言葉をよく耳にする。観光地に観光客が押し寄せて、その土地の魅力をそいでしまう状況だ。例えば、京都ではバスや電車に乗れない、神社仏閣では長い行列に並ばなければならないという弊害が起きている。しかし、これをネガティブに考えるのではなく、異文化理解のチャンスとしてはどうか? 私は2020年度に設置を構想中の「国際日本学部」の観光文化コースで異文化間教育を担当する。これは異文化の背景を持つ人々とどのようにうまく共存していくかを考える教育だ。例えば、まったく異なる文化に入ったらどういう気持ちになるか。言葉やルールがわからないなかでどう行動したらいいかを学生に体験させ、考えさせる。文化間の差異を、お互いにとって利益となるように調整する力を持つ人材を育成すれば、現在起きている様々な問題にも対処できると考えている。

 ラットクリフ 観光客が増えた築地市場では、当初はいろいろな摩擦もあった。市場だから様々なルールがあるが、外国人は「職場」ではなく、「観光地」として訪れる。市場側がいろんな言語によるパンフレットを配り、築地は観光の場でもあるが、人が働いている場でもあることを発信するようになって改善した。

 ――築地は海外から人が来て、日本文化のあり方に改めて気づいた例とも言える。日本文化の本質とは、そもそもどこにあるのだろうか。

 松本 私は日本文化、日本文学が専門だが、日本文化とは何かと問われると実は難しい。例えば、日本の近代文学史は西洋文学の影響を受けている。イギリス、フランス、ロシア文学、そして古典にさかのぼれば、中国といった諸外国の文学なくして、日本の文学はない。また、我々も留学生が来ると、天ぷらを食べに行ったり、文楽に連れて行ったりするが普段から行っているわけでもなかったりする。日本人も日本文化についてステレオタイプに捉えているのかもしれない。何が「日本らしさ」なのかを改めて考えていくことが、異文化や他者との共生を考える基盤になると思う。

 ――自国の文化を海外へ発信するために乗り越えるべき課題は何か。

 帆足 私は横浜美術館で「横浜トリエンナーレ」を担当している。トリエンナーレとは3年に1度開催する現代美術の国際展だが、一方的には発信できない。発信先の人たちが当事者として議論に参加できるための共通テーマが必要だ。テーマを考えるためには、世界の周波数に自分を合わせてみる、あるいは我々の周波数に世界を合わせてみる。私はたまたま現代美術という分野を通してこれを考える機会を得ているが、この手法はいろんなものに通じるものがあると思っている。

 ラットクリフ 文化発信の際には、相手に勘違いされることもある。別の文化圏に育った人に完璧に伝わることはまずない。その事実を知った上で、自分の文化圏以外の人と触れ合うしかない。

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 Christian Ratcliff 米国・ワシントン州出身。専門は中世日本古典文学、中古・中世日本文化史。特に当時の宮廷社会における和歌や蹴鞠(けまり)といった芸能の価値と役割などを研究課題としている。

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 すずき・ゆきこ 専門は実務英語教育、国際観光論。観光を題材にコンテントベース教育法を用いた英語教育を実践。海外生活経験をいかして海外研修をコーディネート。通訳案内士として日本文化の発信もしている。

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 まつもと・かつや 専門は日本近現代文学・演劇。近年は、アジア・太平洋戦争期の文学について、歴史的な研究を進めている。現代の文学や演劇、テレビドラマなどの表現にも関心を持ち、社会と文化の関係を考察している。

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 ほあし・あき 横浜生まれ。ロンドンで博物館・美術館運営を学んだ後、様々な現代アートの現場でコーディネーターとして働く。2011年より、横浜美術館にある事務局にて横浜トリエンナーレの運営を担っている。

 ■五輪を前に、理解しあう好機 会議を終えて

 明治維新150年、第1次世界大戦終結100年の今年は国内外で関連行事が開かれている。しかし世界を見渡せば、祝賀ムードをかき消すかのように自国中心主義がはびこり、英国は欧州連合(EU)からの離脱を決めた。格差や貧困などグローバル化の弊害が顕著になったことも背景にある。今回の神奈川大による教育会議のテーマ「世界へ発信する日本の魅力」は、開かれた世界から豊かさを享受してきた私たちが、引き裂かれる世界にどう立ち向かうのかを問いかけるものだ。

 基調講演した書道家の武田双雲さんは伝統を受け継ぐ墨職人が減り、AIが書道家の仕事を奪いかねない現状を嘆く一方、毛筆の筆圧を再現するデジタル技術に未来の希望を語った。

 パネル討論は文化交流と発信の作法が話題になった。文化発信には責任が伴い、異文化交流にはスキルがいる。東京五輪を前に海外からの旅行客が激増する今は異文化理解の好機だ。日本文化は古来、異文化交流の産物でもある。私たちは分断を越える架け橋となれるのか。横浜トリエンナーレに携わる帆足亜紀さんの言うように、まずは共通のテーマで「世界と周波数を合わせること」から始めてはどうだろう。(井原圭子)

 <神奈川大学> 創立者・米田吉盛が1928年に発足させた「横浜学院」を起源とする。横浜市神奈川区と平塚市にキャンパスを持ち、文系5学部、理系2学部の計7学部、大学院9研究科で約2万人が学ぶ。2020年度には「国際日本学部」を新設する構想を持つ。翌21年度には横浜市の臨海部に「みなとみらいキャンパス」を開設予定。

 ■朝日教育会議

 国内外で直面する社会的課題への解決策を模索して広く発信することを目指し、15大学と朝日新聞社が協力して開催するシンポジウムです。今月16日まで、1大学1会議で開催します。各会議の概要と申し込みは特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2018/別ウインドウで開きます)から。

 共催大学は次の通り。

 青山学院大学、神奈川大学※、神田外語大学※、関東学院大学※、京都精華大学※、聖路加国際大学※、拓殖大学※、中央大学、東京工芸大学、東京女子大学、二松学舎大学※、法政大学、明治学院大学※、明治大学、早稲田大学(50音順。※がついた大学は、新聞本紙での詳報掲載は一部地域)

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