地方創生、想像力と若い力を 朝日教育会議

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 ■拓殖大×朝日新聞

 急速な高齢化と人口減少が進む中、若者たちが地方創生に貢献するにはどのような方法があるだろうか。国際開発やアジア研究の先駆的存在である拓殖大学は、学生を積極的に国内外の地域に派遣して「世界的な視点から地域に貢献する活動」を展開している。10回目を迎えた教育会議は、拓殖大学が企画。学生、教員、地域貢献に取り組む人たちが集まって活性化のあり方を考えた。【東京都文京区の同大学文京キャンパスで11月17日開催】

 ■基調講演 「ありえない」が価値になる 前宮崎県知事・元衆議院議員東国原英夫さん

 「地方の活性化に必要なものは何か」というテーマで、広報・PRの観点から話したい。

 私が宮崎県知事になったのが2007年。立候補したときの反響はすごかった。「たけし軍団のそのまんま東が知事選に出る」――。「本当に行政ができるのか」と疑問視され、「ふざけている」と非難もされた。でもそのことで宮崎が注目された。県民が私を選んだことで、さらに宮崎が注目された。

 この注目を県のブランディングに利用しない手はない。様々な手を考えた。

 その一つが、県庁を使った作戦だ。当選後、全国からテレビ局が取材に来た。取材を受ける条件として「オンエアの際には必ず県庁の映像を流して欲しい。1秒でもいいから」と約束してもらった。これはサブリミナルパーセプション効果を狙うCMと同じ効果があった。テレビを見た人が県庁に行きたい衝動にかられたわけだ。さらに庁舎の中も観光コースにした。部屋を開けっ放しにした。観光客が、県職員の仕事を興味深そうに見ていった。ゴールは知事室。こうして県庁が、年間約50万人が訪れる観光地になった。

 観光名所は、意図して新しく造れるものではない。あるものを使うしかない。今まで価値がなかったものにいかに新しい価値を見いだせるかがポイントになる。県庁が観光地なんて、今までならありえなかった。しかし、ありえない状態をつくることが地方創生だ。地方創生に必要なのは「想像力」だと私は思う。

 地域の「売り」を絞り込む作業もした。例えば農産物ではマンゴー。県内の特産物を、歴史、市場、将来性などあらゆる方向から検討した。その中に、地元のJAと農家が以前共同開発した良い品質のマンゴーがあった。検討の結果、県の農産物をマンゴーに特化してPRした。当たった。

 並行して、県産品に私の似顔絵イラストを貼って「宮崎産」の証明にした。実は、これを実現するのには苦労した。政治家が選挙ポスター以外のものにイラストなどを貼って宣伝すると、公職選挙法に違反する恐れがあることがわかった。そこで私は「1期でやめます。次に出なければ選挙運動にならないでしょう」と言った。宮崎のモノを全国に広めることを「政治生命をかけてやらなければいけない」と覚悟した。地域を活性化するには、それぐらいのことはやらなければならない。その点で、地方創生には「覚悟」も必要だと思っている。

 知事時代、私の考えを面白がって協力してくれたのは、県庁内の若手の課長や係長だった。これからの地方創生に必要なものは、「若い人たちの力」でもある。若者に期待したい。

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 ひがしこくばる・ひでお 1957年生まれ、宮崎県出身。県知事就任時、独自の感性を政治行政に生かして宮崎県を改革。地方からの声を発信し続けた。その後衆議院議員などを経て、現在はメディアのコメンテーターや講演の講師として積極的に発言している。

 ■学生プレゼンテーション 世界も舞台、大学ぐるみの活動

 拓殖大学は近年、日本国内の地方にも積極的に学生を派遣。研究・教育活動を展開して地方自治体や経済団体との連携も深めている。2018年には「地域連携センター」を立ち上げ、学生と地域のつながりを積極的にサポートする。

 今回の教育会議では地域活性化に取り組む3ゼミの学生が活動を発表した。

 山梨県富士川町でまちづくりの活動を数年間にわたって実践しているのが「徳永研究室およびデザイン学科チーム」だ。学生十数人が参加。昨年度は地域ブランドの創生を目指し、古くからの郷土料理を使って新たなメニューを考案した。地域の住民と一緒に試食を重ね、商品化に向けた展開を目指す。

 デイビッド・プルーカ准教授のゼミは、環境と経済の両立を目指す「グリーンビジネス」がテーマ。甲府市田植え、稲刈り体験を行っている。機械を使わない農作業に従事し、地域住民の思いを聞きながら考察を深めている。

 モンゴルを活動の舞台にしているゼミもある。茂木創准教授のゼミで、大寒波による食糧危機回避に貢献しようと、日本の餅を普及させる取り組みをしている。地域の生活環境改善と日本の農業支援ができないか検討している。

 発表の後は、パネルディスカッションの登壇者の質問に学生が回答するコーナーもあった。

 川名明夫学長は、「かつては各教員が個別のコネクションを使って地域に入っていた。今後は大学としても地域活性化に責任を持ち、学内外の要望に一元化して応えたい」と説明。「若者による地域創生への貢献」に意欲を見せた。

 ■パネルディスカッション

 川名明夫さん 拓殖大学学長

 深田智之さん 旅館「くつろぎ宿(じゅく)」社長

 石井重成さん 岩手県釜石市職員

 徳永達己さん 拓殖大学国際学部教授

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 基調講演、学生プレゼンテーションに続きパネルディスカッションを行った。地方創生の課題を討論し、発表した学生にメッセージを送った。(進行は、大村美香・朝日新聞文化くらし報道部記者)

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 ――まずは川名学長から「拓殖大学が地方創生に取り組む意義」を。

 川名 拓殖大学はアジア、世界に貢献する人材を育成するため設立された経緯がある。世界的な視野に立って考えることと、地域創生を進めることはつながっている。国内外の地域とも連携して現場に学生を送り出すことが若者の成長を促すと考えている。

 ――今日は、東北地方で活動する企業経営者と自治体職員の方がパネリストとして参加してくれた。1人は福島県、もう1人は岩手県から。最初に、会津若松市で地元旅館の再生活動に取り組んでいる深田さんからお話を。

 深田 私は東京出身だが、地方で三つの旅館を経営している。地方の企業は「売り上げ」はある。「お客様」もいる。「豊富な資源・食材」もある。ないのが「収益」だ。会津若松の旅館では、食事は地元のものだけを出すことなどの独自の路線を貫き、従業員の給料を1・4倍、売り上げを2倍、宿泊単価を1・8倍に上げた。一方で、東日本大震災のときは大規模に被災者を無料で受け入れた。倒産の覚悟もしたが何とか持ちこたえた。

 ――続いて、岩手県釜石市に移住して市職員として様々な活動をしている石井さんから。

 石井 民間企業を離れて釜石市に入り、今年で7年目になる。現在は地方創生事業の責任者として、企業連携、創業支援、キャリア教育、観光まちづくりなどの取り組みをしている。例えば、地域資源を生かしたローカルビジネス創出を全国の自治体と連携して推進。シャッター商店街にコワーキングスペースが誕生し、挑戦したい若者らが集いつつある。来年開かれるアジア初のラグビーW杯に関しては、会場の釜石に圧倒的に宿泊施設が不足しているため、米国の民泊最大手企業とシェアリングの実証試験をしている。

 ――外から地方に入ってどんなことを感じたか。

 石井 私が市役所に入った当時、椅子代わりにバランスボールに乗っていた時期があり、職員の皆さんの反応には3種類あった。一つは見に来て話しかけてくる人。好奇心旺盛で新しいことをやりたい人だ。二つ目は、私がいないときに見に来る人、さわりに来る人。心理的ハードルはありながら、現状に問題意識を持っている。三つ目は遠くでけげんそうに見ている人。このタイプが大多数だ。地方は保守的と言われるが、最初の2タイプの方と力を合わせれば新しいことがスタートできる。小さくても成果が出れば共感は広がる。

 深田 地方で特に不足している人材は、トップマネジメント層、マネジャー層だ。ウチの時給は地方では高い方だが、ハローワークで「時給を上げると、逆にみんなビビって応募しませんよ」と言われた。もう一つ、地方とインバウンドの関係がよく言われるが、違う国の人に地方で働いてもらうのはよいことだと思う。しかしなかなか東北、特に福島には来てもらいづらい。海外人材活用の話は甘くない。だから地元の給与水準を上げた人集めを図らなければならない。

 ――先ほど拓殖大の学生が発表した取り組みについて意見交換したい。徳永先生に、学生の教育に関わる立場から地方創生をどう考えているかお聞きしたい。

 徳永 まちづくり活動は、学生にとって最適な学びの場だ。経済、農業、文化、食などのあらゆる領域が関わっているからだ。グローバル人材を目指す上でも有効だ。高齢者、子ども、主婦など様々な立場の方とコミュニケーションをとり、多様な人たちが地域を支えていることに気づく。地方からグローバル化のあり方や課題を見つめ直す機会にもなる。

 ――別の地域での暮らしからそれまで縁のなかった東北地方に入って活動する「よそ者」2人から、先ほど発表した「若者」たちにメッセージを。

 深田 発表を聞いて、地域で活動する中で学生の皆さんがたくさんのことを学んでいると感じた。皆さんの興味の範囲が広がっているとは思う。しかしプロジェクトの目的を明確にして、さらに目標を定めることが欠かせない。民間企業を経営する立場から、収支の問題を常に頭に入れて地域貢献を考えなくてはならないことを特に伝えたい。地域活性化の課題は「やりたいこと」を経済的に成り立たせることの難しさにあるからだ。

 石井 他者の評価が地域の誇りを取り戻すきっかけになるケースはよく見られる。学生のみなさんには自信を持って地域への貢献に取り組み続けて欲しい。アイデア段階から実行に移すときは高い壁があるが、乗り越えて欲しい。

 ――今までの話を受けて、大学として地方創生に今後どう関わっていくか。

 川名 インターネットが「距離」を克服したといわれている。物質的な意味での地方がなくなることは、今後ありうると思う。しかし「心のふれあい」は残るし、心のふれ合いがなくなると地方創生もできないだろう。学生が心のふれ合いを通じて地方の活性化に取り組み、「新しい何か」を生み出して欲しい。

 徳永 プロジェクトで失敗しない唯一の方法は何もしないことだ。しかしそれでは世の中何も変わらない。地方創生の成功事例は少ないが、実は取り組み自体も少ない。まちづくりは試行錯誤の繰り返しだ。学生には地方に入って、いい意味で「失敗」し、そこから何かを学んでもらいたい。今後も学生を地方に送りたいし、学生も地方に鍛えてもらえればと思う。

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 かわな・あきお 東京都出身。工学博士。日本電信電話公社(現・NTT)などを経て1999年に拓殖大学工学部教授、2015年に学長に就任。

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 ふかだ・ともゆき 東京都出身。金融系シンクタンクを経て、不動産活用や公共サービス改善の経験を生かし会社設立。地域再生ファンドの活用で老舗旅館再建に成功した。

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 いしい・かずのり 愛知県出身。経営コンサルティング会社勤務を経て、東日本大震災を機に釜石市に移住。現在は、同市総務企画部オープンシティ推進室長を務める。

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 とくなが・たつみ 拓殖大学国際学部教授。専門はインフラ開発、都市計画途上国で国際開発プロジェクトに参画。近年は学生参加による地方創生の取り組みをしている。

 ■ふるさと、長い目でつくるもの 会議を終えて

 魅力のある地域をどのようにつくっていくのか。それは、その地の豊かさ、そして人の幸せとは何かを考えることでもある。単純な一つの答えはない。

 大切なのは、そこに住む人々が主体となり、地元にあるもの、そこにしかないものを見つけ出し、組み合わせ、そこで暮らし続けていくための新しい動きへと結びつけていくことなのだと思う。

 ディスカッションの中で、「ふるさとの定義が変化している」という発言があった。従来の「生まれた場所」から、「自分の役割を感じられる場所」へ。ふるさとは今、つくるものになってきている、と。心に残る言葉だった。

 その地固有の資源を生かし、動き出している地域は人をひきつける。それは移住という形をとることもあれば、観光で訪れたり、地域の産品を買い求めたりと、多様なつながり方がありえるだろう。

 地域づくりには時間がかかる。費用が継続して集められなければ、活動は続かない。やりたいことを経済的に成り立たせる難しさは、討議でも指摘されていた。記者として、新しい取り組みが始まった時に話題性で取材しても、その後の成り行きまで追いかけているだろうか。息長く取材して伝える必要を強く感じた。(大村美香)

 <拓殖大> 1900年、台湾を開拓する人材を育成する「台湾協会学校」として設立。26年に現在の名称になった。東京都文京区と八王子市の2カ所にキャンパスがあり、商・政経・外国語・国際・工の5学部と六つの研究科を持つ。「国際性、専門性、人間性を備えた人材の育成」に取り組む。2020年に創立120周年を迎える。

 ■朝日教育会議

 国内外で直面する社会的課題への解決策を模索して広く発信することを目指し、15大学と朝日新聞社が協力して開催するシンポジウムです。今月16日まで、1大学1会議で開催しました。各会議の概要は特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2018/別ウインドウで開きます)から。

 共催大学は次の通り。

 青山学院大学神奈川大学※、神田外語大学※、関東学院大学※、京都精華大学※、聖路加国際大学※、拓殖大学※、中央大学、東京工芸大学、東京女子大学、二松学舎大学※、法政大学明治学院大学※、明治大学早稲田大学(50音順。※がついた大学は、新聞本紙での詳報掲載は一部地域)

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