[PR]

 この国を覆うガラスの天井は、ことのほか分厚い。そのうえ頭上だけでなく、足場も一段低くしつらえられている。

 それが日本の女性を取り巻く悲しい現実だ。2018年は、そこから次々と問題が噴き出した年だった。

 いま振り返って特筆すべきなのは、これだけ相次いでなお、差別を根源から問う意識が十分広がっていないことである。

 象徴的な例が、東京医科大や順天堂大などの医学部入試だった。女性という理由だけで、男性と同じ出発点にも立てない。明らかな人権問題である。

 ある大学の言い訳が根の深さを映した。いわく、女医は家庭の事情で勤務から退きがちだから仕方ない――と。職場の環境を改善するのではなく、入り口で女性を切り捨てる発想は医療に限った話ではない。

 社会一般で平等な人格として扱われない。財務省の事務次官によるセクハラ問題は、働く女性が職責ではなく「性」で見られていることを露呈した。

 政界の無神経ぶりは深刻だ。麻生財務相は「はめられた可能性がある」と言い放った。抗議で集まった女性国会議員らを「セクハラとは縁遠い方々」と評した衆院議員もいた。

 差別は時の話題になっても、真の解決策は伴わない。それがパターン化していないか。

 たとえば「女性と土俵」。倒れた市長を介抱した女性に「降りて」と促した問題について、日本相撲協会は「不適切だった」とした。だが、女性首長らが女人禁制に異を唱えても、議論を深める動きは見えない。

 世界経済フォーラムが今年の男女格差報告書を発表した。日本は149カ国中、110位とされた。指摘されるのは、女性の社会進出の低迷だ。とりわけ国会議員(130位)と、役所や企業などの管理職(129位)の比率が小さい。

 政治分野については、日本でも今年春、国会と地方議会の議員選挙を対象に候補者男女均等法ができた。だが、半年余りたっても各政党の動きは鈍い。

 政治の後進ぶりは、さまざまな制度に影を落としたままだ。夫婦別姓を認めない。未婚の母親への冷たい税制。時代錯誤の家族観に固執する政治に、女性の選択肢が狭められている。

 来年は、候補者の均等法ができてから初となる統一地方選と参院選がある。有権者は投票で意思を示すことができる。

 女性が平等に参加できない社会では、弱者や少数派も生きづらいだろう。来年こそ、変化を実感する年にできるだろうか。

こんなニュースも