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 自国の意見が通らなければ、国際的な協議の場から出て行く――。そんな国と思われていいのだろうか。

 政府が、国際捕鯨委員会(IWC)から脱退する方向で最終的な調整をしている。地元に捕鯨漁業を抱える与党の有力者からは、脱退に向けた「決意」を示す声があがっている。

 短慮と言わざるを得ない。脱退はやめるべきだ。

 日本はIWCが決めたモラトリアム(一時停止)に従い、30年前に商業捕鯨をやめた。その後は鯨の資源状態を調べるための調査捕鯨を続けているが、事実上の商業捕鯨との批判を受けてきた。国際司法裁判所でも従来の方法は科学目的とはいえないとされ、敗訴している。

 今年9月のIWC総会で、日本は商業捕鯨のモラトリアムを限定的に解除する提案をしたが、否決された。このままではらちが明かない、というのが脱退の理由とされている。

 確かに、鯨の中には持続的な利用が可能とみられる種類がある。IWCの目的には捕鯨産業の発展も含まれており、一部の反捕鯨国の姿勢がこれに反しているのも事実だ。南極海などの公海は別として、日本近海での商業捕鯨の限定的な再開は、厳密な資源管理を前提とすれば検討の余地もあるだろう。

 だが、そうしたことはIWCの中で、粘り強く主張していくべき事柄だ。日本への批判の大きな材料になってきた調査捕鯨のあり方を根本から見直しつつ、理解を広げるしかない。

 脱退論は、利害得失をどのように判断しているのか、疑問が尽きない。

 国連海洋法条約は、鯨の保存や管理、研究について、「適当な国際機関を通じて活動する」と定めている。IWCを脱退すればただちに商業捕鯨が再開できるわけではない。

 他方、IWCを脱退すれば国際法上、これまでの枠組みでの調査捕鯨はできなくなる。批判が強い南極海などでの調査捕鯨からの撤退自体は評価できるが、決断できるのであれば、IWCの場でこそ表明すべきだ。

 鯨肉の国内消費量は年数千トン程度にとどまっており、肉類全体の0・1%程度に過ぎない。既存の捕鯨関係者への配慮は必要だとしても、「産業」としての将来像は不透明だ。

 脱退に突き進めば、日本の捕鯨に厳しい態度をとってきた豪州や欧州などからの批判は強まるだろう。

 自国の主張を続けることと、交渉の場から離脱することは、重みが違う。考え直すべきだ。

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