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 生徒がものを言えない雰囲気が、自分の学校にも満ちていないか。先生一人ひとりが胸に手を当ててもらいたい。

 鹿児島県奄美市で3年前、中学1年の男子が自殺した。いじめに加わったと担任に疑われ、家庭訪問を受けた直後だった。ところがよく調べると、いじめといえる言動はなく、誤解に基づくものだった。市の第三者委員会がそう結論づけた。

 教師の一方的な指導に追いつめられての死を、遺族らは「指導死」と呼ぶ。公の統計はないが、教育評論家武田さち子さんの調べでは、この30年間に全国の小中高校で、未遂を含め少なくとも76件おきているという。

 国の指針は、背景に学校生活がからむ自殺については、詳しく調査のうえ、検証結果を地域で共有するのが望ましいとしている。とりわけ教員の行いに原因がある指導死は、学校側の対応次第で根絶できるものだ。徹底した取り組みを求める。

 改めて思うのは「性悪説」に基づく指導の危うさだ。

 報告書によると、担任は生徒らの言い分をよく聞かないまま反省と謝罪を強いた。学校全体も「毅然(きぜん)たる対応」を生徒指導の方針に掲げ、細かな校則違反も厳しく点検。この担任によるものだけでなく、体罰や暴言が以前から目撃されていた。

 そんな雰囲気では、身に覚えのないことで叱られても、中学生が抗弁できなくて当然だ。亡くなった生徒も「何でおれが」と漏らしていたようだ。

 生徒の「指導」から「支援」へ――。発想の転換を促す報告書の指摘は、重い。

 チームワークの欠如も指摘された。担任は自分だけで対処しようとし、校長や一部の同僚はその様子を目にしながら、任せきりにしたとされる。組織で対応する意識を持ち、時間をかけて生徒の言い分を聞いていれば、と思わずにいられない。

 一方で、教員の働きすぎが大きな社会問題になり、負担の軽減が求められている。「一体どうしろというのか」との声が、現場から聞こえてきそうだ。

 だからこそ、周囲の力も借りた対応が大切になる。

 まず思い浮かぶのは養護教諭だ。教室では言えない本音も、保健室では話しやすいと言われる。スクールカウンセラーや事務職員の存在も大きい。教育委員会などが設ける、地域の相談窓口との連携も深めたい。

 少し引いた立場から複数の目が注がれる。そんな環境をつくることで、教員ひとりにかかる負担の軽減と、逸脱行為の歯止めが両立できるといい。

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