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 ■聖路加国際大×朝日新聞

 超高齢・長寿化に直面する日本社会。老いや病、命と向き合う医療、看護の質、役割とは――。国内の看護教育の礎を築いてきた聖路加国際大学が、第11回となる教育会議を企画。「人生100年時代」に向け、未来の医療の進歩を見通しながら議論した。【東京都中央区の同大学で11月29日に開催】

 ■基調講演 医療は患者と協働でつくる「作品」 ノンフィクション作家・柳田邦男さん

 人生100年時代とは、今の子どもや若者が高齢者になり、人口の過半が高齢者になる時代だと捉えると切実感が湧く。医療・看護の理論や技術は大きく変わろうが、変わらないのは、医療とは何か、その根底にあるものだ。

 1995年、旧厚生省のインフォームド・コンセントの在り方に関する検討会の座長としてまとめた報告書で、患者も医療者も共に生きがいを感じることこそ大事であるとして、「医療とは、患者と専門職の二つの人生街道の交差点で協働で作り出す作品だ」という考え方を提示した。

 それから23年。医療現場は猛烈な勢いでコンピューター化が進み、AI(人工知能)も導入され始めている。私自身この10月に大きな手術で入院し、現場が大きく変わったことを実感した。こうした時代だからこそ、医療を「より良い作品」として創造するため、「人間力」が医療者に求められている。

 人間力とは何か。患者や家族を前にして何を苦しみ考え求めているのかを感じ取る「感性」。感じたものにどう対応するのかを「考える力」。それを患者や家族に語りかけ、最適の治療とケアと納得感を探り出す「会話力」。この三つを強調したい。

 これらを活かす場として最近広まっているのは「カフェ型コミュニケーション」だ。リラックスできる部屋で、医師やケースワーカーなど様々な人が患者や家族とざっくばらんに話し合う。すると患者の家族関係や仕事関係、人生観など「人間全体」が見えてきて、その人に合った治療とケアの道筋が見えてくる。

 新しい相談の場も広がっている。順天堂大学教授の樋野興夫さんが2008年に始めた「がん哲学外来」。病院内や院外の小部屋など様々な場所で、家族関係、仕事などの悩みを聴く。また、がん患者や家族らの心を癒やすために英国につくられた「マギーズセンター」の日本版「マギーズ東京」が、一昨年オープンした。聖路加国際大学出身の訪問看護師、秋山正子さんが中心になってやっている。

 教育の場では、学生や若い看護師が経験から学んだことを言葉で表現することが大事。カンファレンス(会議)で話す、日記に書く、エッセーコンテストに投稿する。人間は「物語」を生きる存在であり、それを捉え表現することは、人間力を本物にする。

 最後に提言したいのは「2・5人称の視点」を持つこと。一人称は私、二人称は家族や恋人、三人称は医療関係者ら。専門性を持ち、命を客観視する三人称は重要だが、それだけだと乾いた冷たい関係になる。医療に関わる人は、三人称の視点を踏まえながら、一人称、二人称の立場の人に寄り添っていくことが必要だ。

 この「2・5人称の視点」はあらゆる職種において求められる、新しい向き合い方。それが実現して初めて日本は、一人ひとりの命や生き方を大切にする国になると思っている。

     *

 やなぎだ・くにお ノンフィクション作家 1936年栃木県出身。60年東京大学経済学部卒、NHK記者を経て作家活動に。現代人の生と死をテーマに災害・事故、医療・原爆被爆・原発などの問題に取り組む。子どもの心の発達のための絵本の活動も。

 ■学長プレゼンテーション 修士課程に「医療人文学」コース構想

 人生100年時代における「健康な加齢」を体現したのが、聖路加国際病院名誉院長だった日野原重明さん。生涯現役を貫き、昨年7月に105歳の生涯を閉じた。最期をみとった聖路加国際大学の福井次矢学長が、日野原さんの晩年についてプレゼンテーションで披露した。

 「先生は病気にならないように非常に意を用いられた。健診も大好きだったのでデータがたくさんある。個人情報保護のことは考えなくていいから使うようにと言われていた」。こう言って会場を笑わすと、100歳当時の滑らかな脳動脈の造影画像などをスクリーンに映し出した。会場からは、驚きの声があがった。

 また、予防医学に力を入れた日野原さんが自ら実践してきた「10の生活習慣」=表=も紹介。「これらに加えて、先生がいつもおっしゃっていたことの中で特に大切なのが、仲間をつくること」だとし、「社会とのつながり」の重要性を強調。高齢者の血圧を対象にしたカナダの大学の調査では「自分のためではなく他人のためにお金を費やすと、血圧が低くなった」という興味深いデータも披露した。

 続いて、聖路加国際大学が目指している「全人的医療の提供」に向けて四つの取り組みについて説明した。

 最も力を入れているのが「患者の心の側面にも対応できる」教育だ。哲学や倫理学、文学、人類学など幅広く学べる「ヘルスヒューマニティー(医療人文学)」のコース(修士課程)創設を構想中であると紹介。将来的には大学院レベルで4年間の医学教育を受けられる「メディカルスクール」の創設も視野に入れているという。

 ■日野原さん、10の生活習慣

 1 小食

 2 植物油をとる

 3 階段は一段跳びで

 4 早足歩行をする

 5 いつも笑顔で

 6 首を回す

 7 息を吐ききる

 8 集中する

 9 洋服は自分で購入する

10 体重、体温、血圧を測る

 ■パネルディスカッション

 福井次矢さん 聖路加国際大学学長

 堀内成子さん 聖路加国際大学看護学部学部長

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 パネルディスカッションでは、健康寿命やAI時代の看護などについて、3人が意見交換をした。(進行は木之本敬介・朝日新聞社就活コーディネーター)

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 ――健康に年を重ねるには、どうしたらいいか。

 福井 「体」「心」「社会」の三つがキーワード。まず、高齢者に起こりやすい慢性的な疾患がないこと。たとえあったとしても社会生活を妨げるまで悪くならないこと。次に精神面で生活を楽しめること。そして、社会的に制限なく思い通りの活動ができること。

 日野原先生は、年齢に伴って臓器の働きが徐々に弱くなり、誤嚥(ごえん)をする確率が高くなった。管を体に入れて栄養分と水分を補給することを望まれるかと、ご家族の前で聞いたところ、間髪入れず「望まない」とはっきりおっしゃった。最期まで自分の考えに基づいた決断を下す人生を送られた。本当にすごいと思った。

 柳田 日野原先生と30年以上お付き合いさせていただいた中で、一番印象に残っているのは、幾つになられても「創(はじ)めることを忘れない」こと。99歳で俳句を詠み始め、100歳を過ぎてから色紙に絵を描くことを始められた。

 また、ボランティア活動をやっている方には高齢者が多いが、イキイキとしている。自分の役割や人が喜んでくれることを実感すると、それは生きている意味の自覚になり、心の健康維持にとって大事だ。

 堀内 よりよく死を迎えるためには、「よりよく生きる」という原則がある。日野原先生が胃ろうをきっぱりと断られたように、自分の終末期にどういう選択をしていくか、「事前指示書」という形であらかじめ考えておく必要がある時代が来たと思う。

 ――医療技術はすごい勢いで進歩しているが、医療や看護の役割はどう変わっていくのか。

 福井 患者さんの異常なデータをAIはあっという間に集積して、それに基づいて診断するので、数年後には医師の診断能力を上回る可能性が非常に高い。ただ、問題なのは診断がくだってから。治療を決めるのは患者さんの思いや人生観なので、なかなかAIだけではアプローチできないと思う。

 堀内 AIはヒューマンエラーをなくすところに大きな役割があると思う。しかし、人と人との触れ合いや感動を人間以外のものが与えられるかは疑問だ。例えば、治療法を決める時の迷いなど、もやもやした悩みを語り合うには人間対人間の力が必要だと思う。複合的なものを察知したり、感じたりする面で、「看護の力」が必要だと思う。

 柳田 哲学と倫理学の出番が来ていると思う。人間って一体何なんだという、根源的なところが問われる時代になる。AIによって処理できるのは情報や専門の知識、経験知だが、人間の愛や思いやりや祈りはデータ化できない。百年、千年単位で考えるべき哲学的思考と議論は今、臨床現場に求められる時期になっていると思う。

 ――これからの看護教育についてどう考えるか。

 堀内 教室で理論を学ぶ座学や、患者さんの体験記を読むことも必要だが、やはり実践の場で体験しないとわからないこともある。実践と理論とを行ったり来たりすることが重要。聖路加国際大学では「臨床に学ぶ」ことを重要視している。

 例えば「沈黙」。生まれたばかりの赤ちゃんを亡くしたお母さんの病室に行った時、「意味のある沈黙」「気まずい沈黙」「お母さんが言葉を探している必要な沈黙」がある。どんな時に、どれだけ待って、どう語りかけるのか、マニュアルにはない。声をかけるというのは、現場でしか学べないこと。実践で学ぶ失敗や、何もできなかった悔しい思いも、大切なプロセス。その後、先輩、教員や臨床指導者からコメントを聞くなど、謙虚に専門家集団に学ぶのも非常に効果的。

 ――看護を目指す人へメッセージを。

 柳田 人間に限りない興味を持つこと。どんな人にも物語がある。専門外の小説やエッセー、古典を毎日30分か休日に2~3時間読むと、あなたは変わる。

 福井 誰もが人の死に接するので、闘病記を読むことを勧めたい。患者の心理状態を知るには、闘病記は非常に役立つ。

 堀内 誰かのために何かをして差し上げたい、他の人のことを深く考えて寄り添いたいと思う方に、ぜひ看護を目指していただきたい。

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 ふくい・つぐや 聖路加国際大学学長、聖路加国際病院院長 京都大学医学部卒業。聖路加国際病院にて内科研修、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。佐賀医科大学教授、京都大教授を経て、2005年聖路加国際病院院長に就任。16年から現職。

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 ほりうち・しげこ 聖路加国際大学看護学部学部長、大学院看護学研究科研究科長 聖路加看護大学(現聖路加国際大学)大学院看護学研究科博士課程修了、1994年から同大教授。アジア・アフリカ圏の妊産婦の健康改善事業、親と子の絆オキシトシン研究などに取り組む。

 ■「幸せな老い」支えるスキルと心 会議を終えて

 学生の就活支援に関わり、80社近くの採用担当者にインタビューした中で、求める人材に「命の大切さへの理解」を挙げたのは製薬会社の社員だった。人の命に直接関わる業務はそうあるものではないが、看護はそのど真ん中の「特別な仕事」だ。そんな崇高な世界を目指す人たちに、看護の現状や本質、必要な心構えを伝える深い議論だった。

 IT(情報技術)化やAI導入、遺伝子治療などによる医療技術の進歩は目覚ましく、「人生100年時代」をバックアップしていくだろう。それに伴って看護に必要な知識は高度化し、より高いスキルも求められるに違いない。しかし、幸せな「人生100年」を本当の意味で支えるのは、技術より患者に寄り添う心――というのが3人の一致した意見だった。

 一方で聖路加の先生方からは、学生や看護師が「社会を知らず、視野が狭い」という嘆きを聞く。「幸せな老い」に社会とのつながりが欠かせないとすれば、支える側も社会に無関心ではいけない。その橋渡しをするのが、幅広い教養を身につける「ヘルスヒューマニティー」構想という位置づけだ。

 当事者の生きがいと、支える看護師のやりがい。その結節点が「社会」といえるのかもしれない。世界に先駆けて迎える人生100年時代。日本の看護教育の礎を築き、日野原さんというシンボルも有する聖路加には、先導役を期待したい。(木之本敬介)

 <聖路加国際大学> 1920年設立の聖路加国際病院附属高等看護婦学校を母体とし、27年に専門学校として病院から独立。64年に聖路加看護大学と改称、私立では国内初の看護学部4年制教育を開始した。2014年に聖路加国際大学と改称。キリスト教の精神に基づき、先進的な看護を追究し続けている。20年に看護教育100周年を迎える。

 ■朝日教育会議

 国内外で直面する社会的課題への解決策を模索して広く発信することを目指し、15大学と朝日新聞社が協力して開催するシンポジウムです。今月16日まで、1大学1会議で開催しました。各会議の概要は特設サイト(http://manabu.asahi.com/aef2018/別ウインドウで開きます)から。

 共催大学は次の通り。

 青山学院大学、神奈川大学※、神田外語大学※、関東学院大学※、京都精華大学※、聖路加国際大学※、拓殖大学※、中央大学、東京工芸大学、東京女子大学、二松学舎大学※、法政大学、明治学院大学※、明治大学、早稲田大学(50音順。※がついた大学は、新聞本紙での詳報掲載は一部地域)