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 山地が広がり平地が少ない。海に囲まれ、川が多い。この国のどこに住んでも、自然の影響から逃れることはできない。

 近年、その自然が従来の常識からは想像できない態様・規模で頻繁に牙をむく。国土強靱(きょうじん)化の名の下、インフラ整備に膨大な資源が投じられるが、それだけでは命を守りきれない。

 一人ひとりが意識を高め、普段から備え、地域とつながる。そんな営みを深化させたい。

 ■「異常」から「通常」へ

 7月の西日本豪雨の際、気象庁は「数十年に1度」とされる大雨の特別警報を11府県に発令した。7、8月には全国で気温40度以上の日が続出し、熱中症による死者が相次いだ。台風は8月だけで9個、うち5個が5日連続で発生した。観測史上初めての現象だった。

 「経験したことがない」「最大級の」。そんな言葉が当たり前に使われる。もはや、異常が通常になりつつある。

 しかもその傾向は、さらに強まると予想されている。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化が進むと極端な気象が増えると警告する。海の氷がとけると海流も変化し、影響は地球規模に及ぶ。名古屋大学などの研究グループは「対策をとらないまま海水温が上昇すれば、今世紀中に風速67メートルを超すスーパー台風が日本列島を直撃する」と予測している。

 6月の大阪北部地震、9月の北海道地震と、大地も揺れ続けた。長雨、猛暑、酷寒などと重なったときの「複合災害」の怖さを多くの人が実感した。

 個人の力には限界がある。それでも、日頃やれること、やるべきことがある。防災情報を理解し、使いこなすことだ。

 ■地域の弱点の共有を

 西日本豪雨では大勢の高齢者が犠牲となった。支援を必要とする人にいかに手を差し伸べるかとともに、逃げようとせず、その結果、命を落としてしまったケースから、どんな教訓をくむかも課題となった。

 政府の中央防災会議は今月、避難情報をレベル1から5までの5段階で発表する方法を提言した。勧告や指示といった言葉だけでなく、数字で切迫感を伝える狙いだが、大切なのは実際の行動に結びつけることだ。

 そのためには、行政と住民が向き合い、災害リスクを常に共有する態度が欠かせない。

 愛媛県の肱川(ひじかわ)流域では、ダムの緊急放流の情報が十分に伝わらず、被害を広げる痛恨の事態があった。国土交通省は周知のあり方を改善し、着実に実践しなければならない。

 一方で、平時の取り組みが功を奏した局面もあった。

 大洲市三善(みよし)地区では、当初、約60人の住民が公民館に避難した。間もなく放流の話を聞いた自治会長らは水が迫ると察し、高台の変電所への移動を決断。全員が助かった。

 この地区は2年前、防災マップを自作する内閣府のモデル事業に手をあげた。以来、住民は緊急時の行動要領などを書いた独自のカードをつくり、複数の避難場所を頭に入れていた。

 もうひとつ。京都府京丹波町の上乙見(かみおとみ)地区では、雨脚が強まった早朝、川の水位の異変に消防団員が気づき、点在する住宅を一軒ずつ回って避難を呼びかけた。途中の橋が濁流で渡れなくなるなどのトラブルもあったが、集落の行事で使っているお堂に身を寄せ、二十数人すべてが無事避難した。防災訓練や、かつて台風の時に一緒に逃げた経験が生きたという。

 地元をよく知るリーダーの存在。地道な防災活動への参加。経験にもとづく判断――。これらがうまく組み合わさって、身の安全を確保する行動につながった。都市住民にとっても大いに参考になる事例である。

 ■先人の知恵に学ぶ

 自然とうまく付き合いながら命を守る。いま必要なのは、そんな考え方ではないか。

 霞堤(かすみてい)、という言葉がある。堤防に切れ目を入れ、増水時はそこから水を田畑に逃がす古来の技法だ。だが明治以降、強固な堤防に変わっていった。

 2年前、台風の豪雨で多数の民家が損壊した北海道で、この霞堤を見直す動きがある。「気候変動によりさらなる水害の激甚化が懸念される中、改めてその機能を評価することが必要」。国交省北海道開発局と道の委員会は、昨年まとめた水防災対策にそんな一文を入れた。

 水につかる土地があるのを前提にしており、合意形成は容易でない。だが自然を制圧せず、力を受け流しながら共生する防災術に改めて光があたる。

 東日本大震災後、政府の復興構想会議も「大自然災害を完全に封ずることができるとの思想ではなく、災害時の被害を最小化する『減災』の考え方が重要である」と提言した。構造物に頼る防御からの発想転換の勧めだ。いま一度思い起こそう。

 荒ぶる自然を正しく恐れ、備えることを意識づけたい。

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