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 それは悲壮な調子の一文だった。

 「いまこそ自らの出血と犠牲を覚悟して、国民に政治家の良心と責任感をしめす」

 1989年5月、自民党は「政治改革大綱」を世に出した。リクルート事件があり、金権腐敗への不信が極まっていた。大綱は、政権交代の不在と「緊張感の喪失」を、日本政治の欠陥と見なし、衆院への小選挙区制導入をうたった。

 昭和が終わり、冷戦も終わる。バブルがはじけ、湾岸危機が起こる。歴史のうねりが、政界を改革へと駆り立てた。

 30年が過ぎた。

 確かに政権交代は起きた。自民党一党支配の55年体制は崩れた。しかし、目指したはずの「二大政党」は、なお遠い幻影にとどまる。

 政治改革がもたらした功と罪を総括し、次の段階に進むべき時である。

 ■小選挙区制は失敗?

 小選挙区制は民意を大胆に「集約」する仕組みである。比例代表制が民意を忠実に「反映」するのとは対照的だ。

 一方を圧勝させ、強い政権を作らせる。思う存分やらせて、だめなら他方に取りかえる。改革の成否は、そのサイクルが確立されるかどうかにかかる。

 一連の改革では、さらに「首相を中心とする内閣主導」の体制づくりが目指された。

 行き着いた先が、「安倍1強」である。今、執政の中枢である首相官邸への権力の集中はすさまじい。その使い方も実に荒々しい。非力な野党が政権を奪い返す展望は見えない。

 小選挙区制の導入は端的に失敗だったのだろうか。

 政治とカネをめぐる醜聞の温床とされた中選挙区制の復活は論外としても、現行制度の見直し論は以前からある。

 比例代表中心の制度に変え、適度な多党制を常態にすれば、力任せの多数決主義は影を潜め、与野党の合意形成を重んじる熟議の民主主義になる――。こうした議論にも一理はある。

 だが、急ぎすぎてはならない。与野党も有権者もまだ、今の制度を十分使いこなしているとはいえない現状を考えたい。

 与党はごり押し一点張りで、野党は抵抗に徹するしかない。そんな不毛な攻防も、政権交代が当たり前になり、「あすは我が身」を思い知れば、様変わりする可能性がなくもない。

 自分にとってベストでなくても「よりまし」な候補に一票を入れる「戦略的投票」に、有権者が習熟したともいえない。

 30年前に始まった大議論を一からやり直す余裕がないとすれば、必要なバージョンアップを地道に進めていくしかない。

 ■弱い国会を強くせよ

 官邸の下請け機関化、翼賛化、空洞化――。昨今の国会の惨状を形容する言葉の数々だ。

 ここに、政治改革を通じた権力集中の負の側面が如実にあらわれている。

 どの機関にどんな権力、権限を配分するのが適正か。改革の手直しを試みる際、最も大切な視点である。

 国会を強くする必要がある。

 議院内閣制の下では、内閣とそれを支える衆院の多数与党が一体となっている。与党は数の力で政府提案を次々通していこうとする。

 一方で国会には、政権中枢や各省庁の活動を監視する役割がある。行政府VS.立法府という権力分立の構図である。

 それは主に少数野党の仕事になろう。助けとなるのが憲法53条の後段だ。衆参どちらかの総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は臨時国会を召集せよ。内閣が開きたくなくても、国会の意思として開かせ、権力分立の実を上げる仕組みだ。

 ところが、安倍政権は憲法に基づく野党の要求を重ねて無視してきた。違憲批判が起こるのは当然である。

 例えば要求が出てから20日なり、一定の期間内に召集させるルールを明文化すべきである。憲法改正によらずとも、法改正で可能ではないか。

 「首相の専権」などと仰々しく語られる衆院の解散権にも、縛りをかけなければならない。

 安倍政権の不意打ち解散戦略は、改革の眼目の一つだったマニフェスト選挙を台無しにした。大義も争点も不明なまま、有権者は投票を強いられた。

 ■解散権の行使再考を

 解散権の乱用問題は古くから論争の的だ。権力の振り分け方を正すという観点から、そろそろ再考すべきである。

 政治改革後の歴代内閣は、長期安定政権と、「ねじれ国会」に由来する短命政権とに二分される。その意味で、参院への権力の割り当てと、その役割の見直しも避けて通れない。「地方の府」にする案をはじめ、議論の積み重ねはある。

 内閣や国会の権力の淵源(えんげん)は、主権者たる国民である。政治に緊張感を持たせる最良の手段は、主権者が厳しい視線を絶やさないことである。

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